こんにちは、グラフィックファシリテーターのやまざきゆにこです。
前回、前々回に引き続き、今回も「あれ? 前にも同じものを描いたぞ」という覚えのある絵をご紹介します。それは会社や組織の枠を超えて、もしかしたら社会全体に蔓延しているかもしれないと感じている絵です。
「タコ」の絵をよく描くという話
本当によく描く「タコ」の絵。実際の議論から聴こえてきたのは「組織がタコツボ化している」という発言です。それを聞いて、とっさに描いたのが「タコ」の絵でした。
ただ、正直に言うと「組織がタコツボ化している」という発言を聞いて、「タコツボ」が描けなくて…、そこでとっさに描いたのが「タコ」の絵でした。
それまで白い紙にわたしが描いていたのは、パソコンに向かって社員のみなさんが黙って仕事をする職場風景。その絵を描いている最中に聴こえてきた「タコツボ」という言葉にふと私の筆は止まりました。「オフィスにタコツボって…絵にすると…どんな壺?」
みなさんなら「組織がタコツボ化している」と聴いたら、どんな絵を想像しますか? 聞き慣れている言葉も、絵筆を持つと全く違うものに聴こえてきます。絵に描くとしたら…どんな壺に入りこんでいる状態?
「タコツボ」と聞いてそのときわたしの頭に思い浮かんだのは、ただそのまま、海の中に漁師が仕掛ける蛸壺。しかし、そんな蛸壺のように、素焼きの陶器のように硬くて安全な壁で囲まれた空間が、オフィスには思い当たらない。たばこ部屋でもなく、給湯室でもなく、トイレでもなく、見晴らしのいいオフィスで、蛸が逃げ込みたくなる場所が、最初はうまく描けなかったのです。
そこで苦し紛れにとっさに描いたのが「タコ」でした。上の絵のほかに、とりあえずパソコンに向かうビジネスマンの肩越しに「タコ」。頭の上に「タコ」。そしてその「タコ」たちはビジネスマンの目をふさぎ、耳をふさぎ、口をふさいでいる絵も描きました。「見ざる、聞かざる、言わざる」ビジネスマンをつくりあげていく「タコ」たち。まさに 前々回でご紹介した「不感症ロボット」が一人、二人とできあがっていきました。
外から見ると、タコの周りに「防御壁」
「組織がタコツボ化している」という発言はいろんな職場でよく聴きます。そのときこんな発言もあわせてよく聴きます。
- 「職場全体に活気がない」
- 「隣の人がどんな仕事をしているかわからない」
- 「忙しそうだから声がかけにくい」
- 「どうしてそんなに忙しそうなのかわからない」
- 「何で困っているのかわかならい」
- 「話しかけないでオーラ満載…」
これらの発言から、パソコンに向かうビジネスマンの周りを、「防御壁」「シールド」「バリア」のようなものが覆っている絵が描けました。
実際その防御壁(シールド、バリア)は目には見えていませんが、外から見ている人たちはどこかそれを感じ取っている。ちょっと声をかけても、手を伸ばしても、何か跳ね返されてしまう壁を感じて、気軽に肩すら叩けません。どんどん近寄り難くなって遠くから見守っている様子です。
防御壁(シールド、バリア)が描けた絵を見て、こんな組織の状態を「タコツボ」化していると言っているのかなあと思っているうちに、こんな発言も聴こえてきました。
- 「メールでどんどん仕事の指示が振ってくる」
- 「いろんな部署から、いろんな書類の提出依頼がくる」
- 「社内会議に提出する数字や書類の準備にものすごく時間が取られる」
- 「ちょっと外出しているとCCメールも含めて大量の未読メールが…」
- 「目の前の仕事をこなすので精一杯」
- 「仕事ができるヒトほど、仕事が集まっている」
そんな議論を聞いているうちに、パソコンに向かうビジネスマンの周囲に、「書類の山」が積み上がっていく絵が描けてきました。社内向けの資料作成やメールで依頼のあった案件など、日々処理しなければならない業務を1つ1つ「書類」にして積み上げてみました。
タコツボは「目に見えない書類の山」で出来ていた!
前に描いていた防御壁(シールド、バリア)の絵は、外から見た人の描写でした。でも、ここは一転、「タコツボ」の内側にいる「タコ」になってしまった人たちからの叫び声とも言えます。内なる声から、「これぞタコツボ!」という絵が描けた手応えがありました。
目の前にこなさなければいけない「書類の山」が絶え間なく積みあがり、とうとうその人が外からは見えなくなってしまっています。まさに「タコ」が壺の奥に入りこんでしまった状態です。この「書類の山」の絵が描けて、初めてわたしの中では「ああ、これがタコツボかあ!」と思えたのでした。
実際のオフィスの机の上に「書類の山」はありません。ここで絵にしているのは、実際にはだれの目にも見えていない「書類の山」です。そしてこの「目には見えていない」ことがきっと一番の問題なのでしょう。すべてはパソコンの中で起きていることで、その「パソコンの中で起きている」ということが、クセモノなのだと思いました。
その目には見えない「書類の山」が、知らず知らずのうちに、一人一人を壺の中に隠れて出てこない「タコ」にしてしまった。外から見ている人もなんとなくそれを防御壁(シールド、バリア)として感じ取っている。そんな現象を「タコツボ化した組織」と呼んでいるのではないかと思いました。
「タコツボ」化を防ぐには
どの会議でもそうですが、タコツボ化の議論になると続いてその打開策を話しあいます。
- 「もっと活気のある組織にしよう」
- a案「まずは隣りの席の人に声をかける」
- b案「お互いの仕事を見えるようにしよう」
- c案「座る場所を自由に選べるフリーアドレスな職場にする」
- d案「とりあえず飲みに行こう」
- e案「社内SNSで趣味のコミュニティをつくる」
- f案「全社で運動会を復活する」
- g案「あえて手書きの社内報をつくる」
- etc.
たいてい、どれも有効なように思えるアイデアは複数出てきます。しかし「明日からそれを実践しよう!」という力強さまでは聴こえてきません。みなさん、どこか「これだ」という決め手にかけているようで、なんとなく手探り状態のまま、議論は続きます。
わたしの筆も、同じように迷っていました。(どれもタコツボ化するのを防ぐには、有効そうだけど…持続性がなさそう…どれに一番注力するのか…)「これだ!」というふうに筆がグイグイ進まない。何よりその筆の鈍さから、とにかくみなさんが現場に帰っても実行に移さなそうに感じられ、この場の議論だけで終ってしまいそうな気配がありました。
しかし、「タコツボは書類の山で出来ている」という絵が描けてから、筆に迷いがなくなりました。聴き方、描き方が変わりました。「タコツボは書類の山で出来ている」という発見が、その後のアクションプランに、より“具体性”を問いかけてくれるようになりました。おかげで、いくつかの具体的な解決案まで考えられるようにもなりました。
タコ救出案1 「外から書類をどけてあげる」
a案「まずは隣りの席の人に声をかける」という、一見、とても当たり前のような行動も、「書類の山」を描いていると、この高く積み上がった「書類の山」を崩さないと、目を見て「おはよう」も言えないわけです。単に「隣りの席の人に声をかける」では、書類越しでタコツボ化を改善するには弱い。タコが顔を出すのにも「書類の山」は低いほうがいい。書類を1つずつ外からでもどけてあげて、顔をつっこんで声をかけるぐらいの絵を描きたくなります。そこで、その隣人が「どんな書類を積みあげているのか」を確認するように声をかける絵を描きました。
「どんな書類が溜まっているんだ」
「えっと…案件Aの書類と案件Zの書類がこれだけありまして…」
そんな「ちょっとした一言」でも、声をかける内容を変えるだけで「書類」をどける、「書類の山」を減らすことができると思えてくるのです。「ちょっとした一声」をかけることで、どんな書類を積み上げようとしているのかを早めに知ることもできれば、高く積み上げる前にそれを処理するアドバイスを入れることもできる。こういう会話のやりとりのある絵が描けた途端に、「まずは隣りの席の人に声をかける」という施策は「すぐにでもやったほうがいい!」と思えてきました。
タコ救出案2 「外から書類の中身を覗いてあげる」
b案「お互いの仕事を見えるようにする」という発言も、隣りの人が見えないもどかしさから生まれた発言なのだろうと思えてきます。きっと防御壁(シールド、バリア)を感じての発言。それを「書類の山」として描けてくると、鉄壁のように思えていた壁も崩し方が見えてきそうです。どうせ一緒に働いているのだから、その積み上がっている「書類の山」を顔が見えるぐらいまで低くしたい。
しかし「仕事を見えるようにしよう」と言っただけでは、内側の人は動けないと思うのです。そもそも「書類の山」を積み上げてしまったのは、それなりに理由があるはずです。
「書類の山」を積み上げてしまったのは…
- 指示は言われたとおりに遂行するのが当然の環境だった
- 仕事の進め方は自己完結があたりまえだった
- じぶんでなんとかするという責任感の強さ
- 仕事を抱え込む癖がある
- 上司や周囲への不信感(言ったら損。言わない方が安全…) etc.
書類が積み上がってしまった理由・過程が何であれ、今まで「仕事を見えるようにする」ことが当たり前でなかったところで突然言われても、内側の言い分としては「何をどうしたらいいか…」と戸惑うのも当然です。まだこの漠然としたアイデアでは動かなそうです。それに「お互いの仕事を見えるようにしよう」と発した人たちも、その先に発言が続かないところを見ると、外からわざわざ「書類の山」をよじ登って見に来てくれる気配もない。まだまだ防御壁(シールド、バリア)に触れるのをためらっている感じです。
そこで、近寄り難い防御壁(シールド、バリア)ではなくただの「書類の山」なんだと思ってもう一度絵を見てみると、もう一段階、具体的な一歩を描きたくなってきます。たとえば、あえてみんなでそれぞれが進行している仕事を、ホワイトボードに書き出して行く。メンバーがじぶんのスケジュール帳を見ながら「あれとこれが動いていて、この仕事がまだ手をつけられていなくて…」と報告。そのそばでリーダーがホワイトボードに書き出して行く。「それはどうして進められないんだ?」と質問していくうちに解決できることもいくらでもあると思います。「お互いの仕事を見えるようにする」には、そうやって「書類の山」を外から覗き込むぐらいの勢いが絵にほしいと思いました。
タコ救出案3 「外から書類を開かせる」
c案「座る場所を自由に選べるフリーアドレスな職場にする」というアイデアもよく聴こえてきますが、最初は筆がウ~ンと唸ってしまいました。フリーアドレスな職場にしただけでは、席が変わっても、隣りの人が変わっても、じぶんの周りに防御壁(シールド、バリア)を張ったまま十分座っていられそうなのです。なかなか崩れない高い「書類の山」が存在しているとしたら、「フリーアドレスで自由に席が選べる」だけではどうも物足りない。描き足りない。
もう一段階、もう一声、もう一工夫、何か施策がほしいと思いました。たとえば必ず先輩と後輩のセットで座るとか、隣りの人と必ず今進行中の仕事について一問一答をする、といったことをしない限り、この「書類の山」は低くならないと思うのです。フリーアドレスな職場にするのは、そもそもがタコツボ化を防ぐことだけが目的ではないので、こうした「もう一工夫」は必ずしも必要ではないかもしれません。でも、「タコツボは書類の壁で出来ている」という絵が描けた途端に、タコツボ化を防ぐ施策を、より“具体的に”描けるようになってきました。
タコ救出案4 「積み上げた書類をみんなで見る」
「大きなスクリーンで、同じファイルをみんなで見て、その場で作業する」というアイデアもありました。
これはエンジニアの方のアイデアでした。システム開発の作業をプロジェクターで大きく映し出した画面をいっしょに見ながら実際にプログラムの組み方も共有していくという案でした。プログラムの書き方1つをとっても、同じ画面で他の人の書き方、カーソルの動きそのものを見ているだけで、じぶんとは違った書き方をしていてとても参考になるそうです。体験して触れて学べるチャンスがあるそうです。
その大画面に映し出されているのは、「まさに積み上がった書類の中身そのものだ!」と思いました。このアイデアは、聴いたそばからとても筆が進みました。
タコ救出案5 「書類の山から誘い出す」
- d案「とりあえず飲みに行こう」
- e案「社内SNSで趣味のコミュニティをつくる」
- f案「全社の運動会を復活する」
- g案「あえて手書きの社内報をつくる」
これらのアイデアは一見、ありきたりな発想に思えるかもしれません。でも、ぜひ本気で実行してほしいと思いました。
というのも、よくよく聴いているとタコツボ化した組織で“苦しんでいる”人ばかりではなさそうなのです。どうも「じぶんから」あえて書類を積み上げて「忙しいからのぞかないでね」と“声をかけないでねオーラ”を放っている人も多そうなのです。そんな人はますますじぶんからこの「書類の山」をよじ登ってまで出てこない。逆に「書類の山」を崩そうとしたら叱られそうです。すると外の人もやっぱり「防御壁は堅い」となって声をかけなくなる。そしてタコは蛸壺に安住したまま…。
これは手強いなあと思って描いていました。しかし、そんなときこそ「書類の山を崩す」のではなく、仕事とはまったく関係のない違った興味でタコツボから引っ張り出すほうが、案外タコツボに身を潜めていたい人たちはスルリと這い出してきそうという絵が描けたのがこれらのアイデアでした。
「飲みに行きましょう」とか、仕事とはまったく関係ない趣味の話に「おもしろそう!」とタコツボから這い出してくる。社内のイベントに参加したり社内報で同じ職場の人の意外な一面や社内の取り組みを知ることで、知らず知らずのうちにタコツボから外に出て来てしまっている様子が描けて筆が進みました。
「タコツボ」という比喩表現のまま会話をする危険
以上、タコツボ化した組織の改善アイデアをいくつかご紹介しましたが、これらのタコ救出案がすべての職場に使えるとは思いません。「書類の山」の積み上がってしまった理由や過程は会社や組織によっていろいろだからです。しかし一方で、一社だけで描いたならともかく、いろんな会社や組織を超えて、共通して描けた「タコツボ」。しかもその「タコツボ」は「見えない書類の山で出来ている」という絵。そんな1つの判断基準ができたおかげで、絵の中でどれが即実行すべき案か、それはどんなタイプのタコツボに効きそうな施策かといったことが見えてきました。
「タコツボ」という比喩表現のまま会話をしていると、意外と簡単な課題や問題を扱わないまま、議論だけが上滑りする危険がありそうです。あなたの会社の「タコツボ」は一体どんな「書類の山」で出来ているか。どんな状況で積み上がってきているのか。こんな第三の目「グラフィック」から見えて来た「タコツボは見えない書類の山で出来ている」という1つの絵が、独自の改善策を探すヒントになればと思って今回はご紹介しました。
絵筆が「よく描く」という現象には、会社や組織を超えて全体に共通していることがありそうで、次回も、あの会議でもこっちの会議でも「よく描いてしまう絵」をご紹介します。それらから、今の職場で感じている違和感やモヤモヤしたものの解決のヒントになればと思っています。ということで、次回も楽しみにしてください。
今回はここまで。グラフィックファシリテーターのゆにでした(^-^)/