現場だけの業務改善
「業務改善は現場だけで自発的に行っていけばよいのか?」という質問を受けることがあります。理想的な答えは「イエス」です。現場の自主性・主体性を活かせればそれに越したことはありません。
改善活動の初期段階に立ちはだかる壁として多いものは、「改善ばかりしていて仕事をしていない」と言われることです。他部門への働きかけを行おうとすると、「何の権限があって、うちを巻き込むんだ?」と部門責任者から断られます。良かれと思って、動き始めてもこのような場面に直面し、「ちゃんと社内で認知されていないアングラ活動なんだ…」と無力感を感じて、一気にトーンダウンすることも少なくありません。
したがって、現実的な答えとしては、僕らは「ノー」と言います。業務改善ができないというのではなく、現場だけで進めると業務改善の限界が早く来るということです。
改善は仕事ではない?
もう1つ考えなければいけないことがあります。「改善が仕事ではない」という認識が組織内にあると、ほとんどの業務改善はうまくいかないことです。ひどい場合は、「あいつ、仕事しないでサボっている」とさえ言われます。
仕事をしていないように見られると、改善はきちんと評価される仕事ではないという風潮を生むので、自ら手を挙げる自発性を損ねる大きな要因となります。
業務改善が小さな活動で、部門の中だけで取り組むのであれば、部門責任者の責任と権限で何とでもなります。しかし、自部門以外の前工程・後工程の部門に原因があると、他部門と協力しながら改善に取り組まないと根本的な解決にはなりません。部門の枠を超え、改善を組織的な動きにしていくためには、経営トップとしての「後押し」が必要となります。
トップが腹をくくること
経営課題としてコスト削減などが急務の場合、どの企業でもあの手この手とコスト削減のための施策を考えます。今まで我々が相談を受けた会社の中には、経営重点施策として業務改善を掲げていながらも、トップが改善現場やコアメンバーのミーティングに一度も顔を出さない会社がありました。現場は、トップが関心を示してくれないことが不満で、「現場が無関心な最大の理由はトップの姿勢の縮図じゃないか!」という声すら出てきたこともあります。そこでトップに話を聞いても、「現場に任せているから」の一点張りです。我々も、一番の問題はこの経営者だなと思ったくらいです。
こういう会社は珍しくありません。現場からすると、重点施策と位置づけられていながら、言っていることとやっていることが違う「言行不一致」を感じ、経営に対する信頼感も薄っぺらくなります。改善活動そのものがバカらしくなり、熱もどんどん冷めて自然消滅するのは目に見えています。
業務改善そのものを経営的にどのように位置づけるのか、どうやって支援するのか、それは仕事なのか・仕事ではないのか?トップの後押しがあるだけで、それは現場にとっては前向きなモチベーションなります。
では、トップが腹をくくるということは、どういうことでしょうか?
痛みを伴うときに逃げないか?裏切らないか?
多かれ少なかれ、企業の変革には「痛み」を伴います。
現状の問題点が出てきた段階で、それにきちんと向き合うことができないと改善ができません。業務上の問題が全て業務プロセスの改善で解決することは稀で、組織構造を見直さないと機能しないとか、たった1人の部門責任者のマネジメントがボトルネックの場合は、人事的な解決策も考えないといけない局面もあります。何かを変えるために一時的に、何かを捨てなければいけない二者択一の厳しい選択を迫られる場合もあります。
会社経営者に「腹はくくっていますか?」と聞くと、多くの場合「背水の陣で臨む」とか「腹くくりはできている」という答えが返ってきます。素直に考えれば、社外の我々から、こんなことを聞かれて面白い感情を持つはずはなく、意地やプライドもあるので、このように答えざるを得ない気持ちもあることは理解できます。
我々は経営者が腹をくくっているか聞くときは、「痛みを伴う場面に遭遇したときに、逃げないか?」と質問します。一瞬、「え?」となることもありますが、要は「裏切らず、現場を見殺しにしないか?」ということです。
トップの本気度が社員をその気にさせる
ある程度の規模以上の会社になると、毎日、社長と顔を合わせて話をするという人は少ないでしょう。しかし、直接話をすることがなくとも、トップの発言や会社の経営方針などを気にする社員はいます。
トップが腹をくくったとしても、その腹のくくり具合が見えてこないと、社員や現場はシラケるものです。見えてこない、伝わらないと、いくらトップが「俺は腹をくくったから、思う存分やれ!」と言ったところでさっぱりピンときません。
最も効果的なのは、社外に経営のスリム化・体質改善などと銘打って、業務改善を盛り込んだ経営計画をIR活動の一環として開示してしまうことです。経営計画に業務改善が盛り込まれれば、具体的なコスト削減目標や納期短縮日数、そして投入するリソースなども明確になります。そして、外部に言ってしまった手前、後戻りはできなくなるので、トップ自らも「やらざるを得なく」なります。
このような大掛かりな仕掛けやリソースなどの予算が確保できなくとも、社員は上司やトップの一挙手一投足をよく見ているものです。「どうも今回は本気らしいぞ」と社員が思い始めたらしめたものです。
専任・兼任と業務改善の位置づけ
業務改善に取り組む場合、人的リソースは専任と兼任の2つが考えられます。専任の場合は業務改善そのものが仕事になるので、業務改善に専念できます。余力のある企業では可能ですが、多くの企業ではそういうわけにもいかないでしょう。兼任しながら改善を行うケースがほとんどになります。
いずれにしても、改善活動は日常業務の中に位置づけるのが望ましいと言えます(図1)。定時後に改善活動をする企業もありますが、この場合、時間外の賃金の支払を正式な残業代として会社が認めるか、原資をどうするかなど改善活動に対する新たな問題が出てきます。
改善のきっかけは業務に関する問題であり、それを改善するために活動をするわけですから、「仕事と活動は切り離さない」ことが鉄則です。学生の部活動のように、5時までは授業で5時から部活というものとは違います。アフターファイブの部活動のような動きと業務改善は全く異なるということです。
実際、業務時間内は時間が確保できずに改善を進められないという意見は多く出ます。定時時間内で改善ができないので、残業や休日出勤をして改善活動に取り組みます、遅れも取り戻しますという人をたくさん見てきましたが、本人の中で改善よりも本業の優先度が高いと、結局、改善活動がおざなりになるのは目に見えています。
実はここに、本質的な時間管理(タイムマネジメント)や一人ひとりの従来の仕事のやり方を見直すという"仕事のやり方の側面からの改善"があります。これは、改善活動の表には出てこない裏目的みたいなものです。自分自身の仕事のやり方の棚卸もすると、意外と無駄な、いわゆる「付加価値を生まない仕事」を一生懸命やっていることに気づきます。
我々の経験上、業務時間内で改善活動を行うようにしてしまうと、実際には業務時間内に改善活動がかなりできてしまうことがかなりあります。本連載の第1回で「改善が進まない理由」の1つとして「時間がない」という殺し文句の存在を挙げましたが、「そんな時間はない」と言いながらも、やってみたらできてしまったということです。
少し先のことになりますが、業務改善が進み実際に改善効果が出てくると、効果測定などの検証が必要となります。その際、改善を先の部活動のようにアフターファイブに位置づけていると検証が難しくなります。仕事の中で改善を進めることで、リアルタイムで効果を検証することができます。
改善は創造的手抜きと小さな成功体験の積み重ね
限られた業務時間内に新たに改善をしようとすると、何らかの工夫をして効率を上げないと実行できません。もちろん、本業の手を抜くのは困りますが、時間のやりくり、創意工夫が生まれてくると「付加価値を生む仕事」に自然と重点が置かれるようになり、仕事の優先順位・段取りが上手になります。
行う前からできないと思い込み着手しないのではなく、"やってみたらできた"という小さな成功体験の積み重ねることで、中長期的に個人と組織力を大きく成長させる強い前向きの動機づけができます。
改善を別の言葉で言うと、『創造的に手抜きをするための活動』、こう言えるかもしれません。
社内広報とモチベーション
「なんとなくお互いが無関心」「見て見ぬ振りをする」「余計なことは言わない」という風潮が日本企業には未だに根強く残っています。何か全員で活動を行う場合に、一生懸命やる人の横で、冷めて見ている人がいるのも事実です。まして無関心な現場では、仮に少し自主性が出てきたとしても、それを維持するためには外からエネルギーを与え続けなければ動きません。
現場の改善メンバーのモチベーションの維持を行う手段の1つとして "社内広報"があります。業務改善により生まれた変化を見せていくことが重要です。見せていくものはKPI(改善指標、Key Performance Indicator)の変化(コストや不良率が毎月下がっていくなど)と、できあがった成果物、スケジュールの進捗具合、新たに出てきた問題など、改善活動に関わるものであれば、何でも構いません。
学級新聞的に、「俺、こんなことやっています」「私、ここをこう直しました!」など見出しを付けて貼り出したり、社内報に掲載する会社もあります。そこに、トップのコメントを載せてもいいでしょう。
モチベーション維持には、周りから見られていることが大切です。トップの腹くくりも重要ですが、業務改善に関わっていない人にも関心を持ってもらうことがモチベーションにつながります。つまり、「しつこいくらい変化を継続的に見せていくこと」が大切です。そのための社内広報(我々はこう呼びます)が非常に重要です。
そして、周りの人の関心度が少しずつ高くなってくると、「何だか面白そうなことをやっているな」となります。「じゃあ、一緒にやろうよ!」と誘って、業務改善メンバーに入れてしまうのもアリです。本連載の第4回で業務改善メンバーの話をしましたが、改善初期段階ではコアメンバーは固めておき、後は自由乗車・途中乗車で進める会社もあります。
改善は仕事だ!
先ほど、「改善の位置づけ」として、「仕事と活動は切り離さない」と言いましたが、「改善は仕事」です。
カタカナや和生英語にもなっている"カイゼン"。皆さんがよく思い浮かべるのは、トヨタ自動車のトヨタ生産方式の徹底的なムダ取りもあるかもしれません。トヨタ生産方式を生み出した大野耐一氏は、いくつかの著書の中で「改善は仕事だ」と言っています(図2)。
「仕事」は「作業」と「改善」であり、「改善は勝つための改善であり、イノベーションを起こすためのもの」です。改善を後ろ向きではなく、前向きな活動として捉えており、限りなく今日の企業改革に近い概念を持っています。
一般に、トヨタ生産方式について述べている本には「仕事は付加価値とムダである」と書いているものが少なくありません。図2で枠の中の部分です。しかし、これは正しくありません。日本が高度経済成長に差し掛かる何十年も昔に、「仕事は作業と改善だ」と言った同氏、もう1つ重要な言葉を残しています。「部門の枠を超える行動をとれ!」と。
改善は部門、組織の枠組みに捉われない現場の総掛かり戦です。「ムダの徹底排除」と同時に、人材育成や組織パフォーマンスの向上の全てが含まれた「勝つための改善活動」を通じて、一人ひとりが自立したプロフェッショナルになっていかなければなりません。
- 自分の頭で考える
- 判断基準を自分が持つ
- 自ら(能動的に)行動する
このように言っているように感じられてなりません。
今回は、現場から少し離れて「トップの役割と改善活動の位置づけについて」話しましたが、次回は「問題と原因分析」についてお話します。