停滞して・シラケていた業務改善の活動。人事異動などでマネジメント層の人が変わった途端に、一気に進むことは業務改善に限らず珍しいことではありません。これを傍目で見ている現場からは、「結局は人だよな~」という声も聞こえてきます。
前回、「業務改善と組織風土」の話の中で、業務改善には特にコミュニケーションが大事で、組織風土の与える影響も大きいと伝えました。今回は、コミュニケーションをつくる場についてお話をします。
“動かない”と“動けない”の違い
“理由もなく反発する現場”“他人事で無関心な部門責任者”は存在するものです。動かないこの人たちの業務改善への巻き込み方はこれまでに何回かお話をしてきた通りです。しかし、長年にわたって利害関係の衝突が起きていた部門同士では、すんなりとはいきません。無理強いをしても反発を招くだけ、こちらが下手に出て「業務改善をお願いします」と言うものでもないでしょう。あり得ないことです。
さて、ここで“動かない”という言葉を使っていますが、皆さんも日常会話の中で、「あいつ、なかなか動かないし……」と何気なく言っていませんか?これは、業務改善が進んでくると、何かと改善現場でも耳に入ってくる言葉です。
ここで「ちょっと待った!」をするものが、今回お話する“場”です。
実は、「動きたくても動けない」メンバーがいます。これを「動かない奴」とひとくくりにしないでください。動けない理由があるので、動けるように重石をどかし、ちゃんと理由を聞く“場”、人として向き合う“場”がないと、せっかくの良い芽を持った人材を潰しかねません。
あの場では言えない……
業務改善の現状調査において、業務プロセスに支障をきたす“意味のない形骸化したルール”や“実態とかけ離れている規程”などが見つかることは少なくありません。
また、業務改善の改善案を検討するミーティングや、社内の様々な会議の場面において、誰も口には出さないものの、「おかしい」「それじゃ、うまくいくはずがない」と心の中で思いながら、はっきりとその場では発言しない。なんとなく、お互いを牽制し合い、発言の様子を伺っている。はっきりと相手の揚げ足を取るのではなく傍観している。そんなことがあるはずです。
この状態で、業務改善が進み、その結果としてうまく進んで初めて、「自分もうまくいくと思っていたよ」と言い出す人。逆に、うまくいかないと、「改善案を聞いたとき、それじゃうまくいかないと思っていた。やっぱ、ダメだったか……」などと、後になってから言い出す人。皆さんも心当たりはありませんか?
改善に非協力的だった人が「うまくいくと思っていた」と言うのを聞くと、改善に携わって結果を出してきたメンバーは、「何を今さら調子のいいことを」と面白くないでしょう。「やっぱ、ダメだったか……」と言うなら、なぜ最初に言ってくれないのでしょう?
「後になってから言うな!」と腹立たしい気持ちになるのはわかりますが、実態は、「言えない」のです。"見える化"は"言える化"がないと困難であると何度かお話をしていますが、言えない会議の雰囲気に飲み込まれてしまうわけです。したがって、"言える場"が必要となります。
おかしいことを、「おかしい」と言えないことが、おかしい!
図1をご覧ください。
もっと仕事をやりやすくする、ムダをなくして効率を上げるなどの目的で行われる業務改善ですが、業務改善に着手する前にすでに、「これっておかしいよね?」とわかっていることもあります。いわば、「おかしいと分かっていてもそうするしかない」という状態です。組織としては異常で、極めて不健全です。
おかしいとわかっていても、そうするしかないとしたら、「おかしいことをおかしいと言えない」ことに原因があります。「おかしいことはおかしい」。このように組織の中で発言することには勇気が必要です。「言うと自分が損をする」からと言えないこともあります。
冒頭の「動けない」ことと、「言えない」ことのいずれも、“場”はあっても関係性(発言しても安全だ、相手が信頼できる等)ができていないから、こうなるのです。
『おかしいことを「おかしい」と言えないことはおかしい』ですよね。これが組織風土の影響です。
まずやってみる
さて、問題は現場に近いほど、よく(はっきりと)見えます。先の「それじゃ、うまくいくはずないのに」と、もっともわかっている人も現場です。しかし、問題がもっとも見えている人でないと、ベストな解決策が得られないかというと、必ずしもそうではありません。ベテランの蓄積された知恵を借りる、まったく違う視点の人からアイデアをもらうなど、解決に向けた知恵は多方面から集めて、実行者の責任で決めることが重要です。
図2をご覧ください。
「思い・気づき」があり、すぐに「行動」が生まれるものではありません。「走りながら考える」でもありません。「自分で考えて行動」をすることです。それが「良い結果」につながることもあれば、思うようにいかないこともあるでしょう。この繰り返しが組織学習として蓄積されます。
おかしいことを「おかしい」と言える関係性を築くために、「共有した目標をメンバーで達成していく過程を経て、きちんと対話ができる関係性を醸成する」ことから開始します。
「インフォーマルな場」の効果
現場の自律的な改善が、社風として定着をしていると言われるトヨタ自動車には、小集団活動を会社として支援する仕組みがあります。"自主研"と言われるものもその1つで、「50年後の自動車づくりはどうなっているか?」など、部門や年齢、性別を問わずに活発な意見交換を行っています。
ここで、今回のテーマである"場"について考えてみましょう。図3をご覧ください。
大きく「フォーマルな場」と「インフォーマルな場」に分けています。わかりやすく言うと、以下のように「結論を出すか・出さないか」で分けられます。
- フォーマルな場=結論を出す
- インフォーマルな場=結論を出さない
「インフォーマルな場」は馴染みが少ないと思うので例を挙げると、喫煙室や社内カフェなどは、「タバコを吸う」「コーヒーを飲む」などの共通の目的のために、部門・役職・年齢・性別を問わず人が集まってきます。たわいのない会話もあるでしょうが、普段、自部門の中では得られない他部門の情報(新製品発表、人事異動、組織変更、トラブル解決など)の話が普通にされているなど、有用な情報が行き交っています。
喫煙室や社内カフェで浮かない顔をしている若手に対して、気になった他部門の部長さんが声をかけたところ、「トラブル対策の解決策がわからない」とのこと。ベテランの部長さんはたった一言、「それなら●事業部の△課長に聞いてごらん」と。“Know How”ではなく“Know Who”を教えてもらった若手が、解決のヒントを得ただけでなく、他部門の人とも交流が持てるようになったことがあります。これは大きな糧です。20年以上昔、開発エンジニアだった頃の自分の実例です。
なお、図3については、『上流モデリングによる業務改善手法入門』の第5章に、「場の使い分け」として説明していますのでご覧ください。
業務改善に必要な“場”は「インフォーマル」
「インフォーマルな場」では、部門を超えたつながりができるほか、結論を出すことを強いられないのでホンネが出やすくなります。「議題のない会議」として役員同士が経営会議の前に腹を割って話をする、営業会議で吊し上げられる前にマネージャ同志でざっくばらんに話をするなどです。
先に登場したトヨタ自動車をはじめ、現場力の強い企業、改善が自発的にどんどん進む企業が共通して持っているものが「インフォーマルな場」です。そしてもう1つが「インフォーマルなネットワーク」です。
インフォーマルなネットワークは、先の若手と部長の例のように、部門の枠を飛び越えます。若手がオフィシャルでフォーマルな品質対策会議を通じて問題解決の議論をするよりも、喫煙室や社内カフェという「インフォーマルな場」を通じて、新たに他部門の部長さんや課長さんと「インフォーマルなネットワーク」をつくる。成功体験はどんどん共有すればよいので、「あっちの部門ではこんな取り組みで成果を出している」と聞いたら、その部門に行って聞けばいいのです。
難しいことは何もありません。「成果を出している」という情報が入ってくる“場”と“ネットワーク”が大事なのです。
業務改善にインフォーマルな場を仕掛ける
本連載では、業務改善の進め方から、メンバーへの動機づけや改善への関心の持たせ方、仕掛けを「ハード」と「ソフト」の両側面からお伝えしてきました。
我々は様々な会社の変革や改善支援を手掛けていますが、「これ」といった必殺技の業務改善手法を持ち合わせているわけではありません。1つ1つ、異なる企業文化や社風、社員特性の理解に努めながら、我々自身もやり方も常に進化をさせるオーダーメイドです。
業務改善に限らず、企業の変化・進化にはゴールはありません。改善などは、誰に言われることなく自然に、かつ常にできていることが理想です。このような企業文化を作り上げることは経営者の仕事でもあり、社員一人ひとりの仕事でもあります。
変革の場というものは、小さく生まれ、どんどん隣に伝搬していきます(図4参照)。
業務改善も最初は小さく生まれ、前後や関連する工程部門を巻き込みながら、広がっていきます。そのときに、今回お話をした「インフォーマルな場」を随所に仕掛けておき、困ったときには一緒になって解決できる関係性を築くことが、企業文化として改善文化が定着するということです。
組織のあちこちで、
- 「それっておかしいよね?直そうよ!」 → 「おかしいものは放置できないね」
- 「隣の部門でこんな取り組みをやっているよ」 → 「さっそく、聞いてみるよ」
という会話が増えてくると、冒頭に書いた「おかしいことをおかしいと言えない」ことは少しずつ減ってきます。「おかしなことは言ってもよい、おかしなことは直す」という組織風土が根付き始める瞬間です。
業務改善が根付く企業文化をつくる
業務を行うのは、皆さん個々人です。たまたま企業という組織に属して、職場の中で仕事を行っていますが、そこには前後工程を受け持つ部門があり、部門内・部門外に様々な人がいて、仕事はなされます。
当たり前のことですが、信頼・協業関係があり、情報交換をしながら知恵を創発することで、問題解決がはかられ企業や組織、そして個人も成長を遂げていきます。
業務改善を小さくスタートしながらも、成功体験を積むことで、成果の喜びを得ることができます。今まで話をしたことすらなかった他部門の人との交流もより濃いものとなります。
「業務改善をすることで新しい企業文化をつくる」と考えると、第1回で「業務改善は後ろ向きな仕事?」と書きましたが、"自律分散処理(一人ひとりが指示待ちではないプロフェッショナル)"のように、少しITっぽく書くと、また違う視点で考えられるかもしれませんね。
本連載も昨年6月から開始し、今回で22回を迎えました。
次回は、いよいよ最終回となります。これまでのおさらいも含めて、ご覧いただければ幸いです。