無関心な現場で始める業務改善

第23回(最終回) 主役はあなた自身

本連載は3.11の大震災から3ヵ月が過ぎた2011年6月に開始しました。ソフトエンジニアの方が多数を占める"gihyo.jp"において、だいぶ異色のテーマであったかもしれない「無関心な現場で始める業務改善」は、今回の第23回をもって最終回となります。

最終回ではこれまでのおさらいを行う予定でしたが、それは各回の記事をご覧になっていただければわかります。したがって、今さらながら連載開始のいきさつと、伝えたかった要点を勝手気ままに書きますので、ご覧いただければ幸いです。

本連載開始のいきさつ

本テーマと内容を、ごく普通に「業務改善の進め方」として、中身や方法論だけを書いても意味がないと考えていました。すでに世の中にはたくさん書籍もあります。むしろ、本に書いてある通りに業務改善を進めようとしても、⁠理屈通りに現場が動かない」ことのほうが現実的でしょう。

筆者自身、数え切れないほどの業務改善や経営改革、可視化、上流工程に関する書籍や記事は読破していますが、明確に"現場を動かす"ことについて言及して明示しているものは知る限りほとんどありません。

「相手を理解する」⁠積極的にコミュニケーションを取る」などと書かれていて、わかったようなわからないような、どこか漠然としたものばかりです。悩んでいる当事者からすれば、⁠それができないから困っているんだろう」と言いたいところでしょう。

筆者の経営する株式会社カレンコンサルティングは、業務プロセスの可視化から業務改善から経営改革まで、幅広く企業の変革をご支援しています。とくに、本連載では何度となく登場してきた「ハード(改革⁠⁠」と「ソフト(改革⁠⁠」にはこだわりがあり、組織行動学等の理論と実践&実戦を繰り返してできあがった当社独自のやり方です。

会社の文化や組織風土・企業体質は全て異なり、経営の意思決定から現場のコミュニケーションのとり方まで千差万別です。いかに確立された方法論であろうと、進め方は会社ごとにフルカスタマイズでなければ、業務改善は本来できないはずです。したがって、確立された方法論などは存在しないわけです。仮に確立された方法論と言えるものがあったとしても、コンサルティング会社であれば、ノウハウに相当するものは、まず開示しません。

このような「現場の改善における困りごと・悩み」に対して、⁠当社が持つ経験・ノウハウ」を出し惜しみすることなく伝えることができれば、エンジニアの方だけに限らず、社内で悶々と悩んでいる方が、少しでも前に進めるキッカケになればよいと考え、連載がスタートしました。

さて、以下にこれまでの22回にわたってお伝えした中から、改めて簡単ですが要点だけを抜き出して示します。順番や内容も決してすべてを網羅していないので、改めて第1回からお読みいただくのが一番です。

「やらせる」「やらされる」構図はダメだ!

変革のプロセスにおいて、避けて通れないものとして、"組織の利害関係"や"個人の感情"があります。何も業務改善に限ったことではなく、新しい取組みや導入には現場は反発する、協力しない、関心を示さないなど珍しいことではありません。

だからといって、現場を脅しても・なだめても、⁠やらせる側」「やらされる側=現場」の構図ができた瞬間に、業務改善だけでなく、すべての"変えるということ"はうまくいかなくなります。この構図は、業務改善だけでなく、IT導入や人事制度改定でも同じ影響を与えます。

ハードだけでは前に進まない、無関心を生む原因はソフト

うまくいかなくなる構図と無関心を生む原因であるソフトに目を向けましょう。

本連載の中では、⁠言える化」という言葉も使いました。無関心は問題や不祥事の隠蔽の原因にもなります。自分は関係ないという無関心と同時に、言うと怒られる・言いだしっぺが損をする組織風土では、問題が見えていても組織的には顕在化していない状態になります。言えない状態にある組織は健全な組織ではありません。

パソコンと同じで、ハードだけではただの箱、きちんと動くためにはソフトが必要です。箱に魂を入れるように、ソフトの領域であるコミュニケーション、組織風土を考えながら、業務改善のプロセスに組み込む仕掛けを作ります。

主役は自分

業務改善は他人が行うものではありません。自分でやるものです。ただ、最初からすべて自分でできるわけではありません。外からほんの少し、弾み車のごとく刺激を与え、業務改善ができるような仕掛けを作ってあげると動きだし、後は自然に回ります

そのためには、他人事ではなく、自らの仕事が前後工程とどうつながっていて、会社にどんな影響を与えているかを、自分で感じ取らなければなりません。

  • 自分で現状調査を行う:自分の業務は自分で可視化する、きちんと他人にも業務内容を伝える
  • 自分で問題発見・原因分析を行う:表面上の浅い現象に騙されない、根っこの原因を潰す
  • 自分で業務改善計画を作る:人に言われた計画ではなく、自分自身でコミットメントをした計画が守れないようではカッコ悪い

すべて、⁠自分」です。一人称で語ることができるか否かが、無関心な現場から脱却できたかどうかの物差しです。

プロセスを共有する

現状調査・分析・改善実行など、すべてのプロセスは関係者全員で共有します。結果だけを落とすと、やらせる・やらされる構造になります。

業務プロセスを可視化する過程においての成果物は業務フローですが、嫌でも部門内や前後工程の部門の人と会話をすることになります。同じ時間と場も共有し、1つの共通目的である業務フローができあがることが重要です。ワイワイガヤガヤやる…これが意味のあることです。そんなやり方をしていたんだと後工程のプロセスを知る、こうしてくれるとうちらも助かる……こんな会話が生まれるはずです。

できた業務フローが、業務改善の問題発見・解決ツールともなり、コミュニケーションツールにもなるわけです。

プロセスを共有することは、⁠自分は知らなかった」というような傍観者を生まないこともありますが、大事なことは一体感と当事者意識を醸成することです。

仕掛けは後付けの理由

現場の自発性を生むために、本コラムには何度も「仕掛け」という言葉でお伝えしてきました。⁠やらざるを得ない環境」⁠ほったらかし」などは仕掛けがないとできません。

この仕掛けは必ずしも1つではなく、仕掛け方が会社によって異なりますので、皆さんも仕掛け方を工夫し、良かれと思ったことはどんどん実行していきましょう。その時はちゃんと説明できなくとも、後付けの強引な理由でもよいのです。

改善に境界とゴールはない

「改善にゴールはない⁠⁠。これはその通りだと思います。ただ、時間をかけてダラダラやることではありません。

もう1つ、改善には境界もありません。庭掃除みたいなものです。自分の家の庭を掃除していたら、いつの間にか、隣の庭掃除までやっちゃったでもよいのです。ただ、隣の敷地に勝手に入ると怒られるので一言、声をかけると同時に、共有の場所などがあれば「一緒にきれいにしましょうよ」と巻き込んでしまえばいいのです。

仕事も同じです。自部門だけで仕事が完結することはほとんどないでしょう。少なからず、前後工程との協調・協業作業です。また、業務改善で手に負えない超上流工程の経営領域にぶち当たった時でも、そこで業務改善を止めるのではなく、前に進みます。これが「境界がない」という意味です。

業務改善を長く行っているベテラン勢は、⁠どんどん良かれと思ってやっていたら、あっちこっちに仲間ができたのは大事な資産」⁠業務全体がわかると、会社全体を常に考えるようになった」など、ごく普通に話をしています。素晴らしいことだと思います。

プロセスとは何か?

業務プロセスに限らず、プロセスコンサルティングに携わっている我々が考えるプロセスを下記に示します。

『プロセスとは関係性である』

プロセスは一過的なものではなく、"場"をつうじて継続的かつ恒久的な関係性を作るものです。人間関係、特に信頼関係という絆は、ともに汗をかき、苦労をした仲間だからこそ築かれるものです。一度、信頼関係が築かれたら、よほど薄っぺらなものでない限り、⁠彼・彼女のために一肌脱いでやろう」と思うことでしょう。コラムでも登場しましたが、「一緒になって困ること」に集約されます。

『プロセスとは構造化である』

人には人それぞれの様々な考え方や価値観があります。同様に思考様式も、ゴールは同じでもたどる道筋、アプローチが異なることもあります。答が1つでも、解決方法がいく通りも考えられる場合と似ています。

プロセス的な切り口で物事を見ることができると、一見、複雑に見えることもシンプルに構造化できるようになります。構造化できると、目の前の問題に対して、原因を切り分けることができます。問題解決に際しては、自分の頭の中の引き出しから何番目の解決策を当てはめればよいかを瞬時に導き出すことができます。

『プロセスとは向き合い方である』

プロセスを共有することで、先の「関係性」が構築できるほか、「人と人の向き合い方」⁠問題に対する向き合い方」が変わります。向き合い方が変わるということは、相手を認めるということと、事実をきちんと認識することにほかなりません。

これまで気にもかけなかったこと、誰かがやればいいや!と思っていたことが放置できなくなり、当事者として対峙するようになります。

『プロセスとは森羅万象と言いたい』

問題があるのなら、問題が起きる理由があります。原因というものです。原因を掘り下げた真の原因、なぜを5回繰り返すトヨタではこれを「真因」と呼びます。

よほどの神がかり的な問題でない限り、物事には必ず理由があります。筆者自身も元々は理系で技術者なので、理由や理屈の説明できないものは基本的に大嫌いです。

しかし、ソフトの重要さでお伝えしてきた通り、原因がわかっていても"言えない"組織風土の問題もあるわけです。この場合は、原因は白黒はっきりせずに、話し手は曖昧な言い方をするものです。聞き手は、話し手の裏事情に思いっきり受信感度の高いアンテナを立てなければなりません。⁠言えない理由は何か」を理解し、この重石をどうやって取り除くかも避けて通れない関門です。

宇宙に存在する一切のもの、事物・事象を森羅万象と言いますが、そこまで大げさなものでなくても、物事が起こるプロセスには必ず理由がある、伝わらない・言えないことにもまた理由がある。このように考え、あえてプロセスとは森羅万象と言いたいと思います。

あとがき

業務改善は現場の問題ですが、決して現場だけの問題だけではありません。経営も含めた会社の問題です。やる気のない現場、無関心な現場でも、このままではいけないと心の中で問題意識を燃やし続けている人はいます。適度な危機感と向上心がなくなったら現場は終わりです。

「もっと良くなるかもしれない」⁠今より楽になる」動機もいろいろで構いません。⁠早く帰宅したい」でもいいのです。身近な素朴な疑問も見逃すことなく、隣の仲間や上司に声をかけてみましょう。

業務改善を行うに際して、特別な知識やノウハウなど必要ありません。ほんの少しの「やってみよう」というあなたの勇気だけです。意外に無関心だと思っていた職場も、誰かが声を挙げてくれることを待っていることもあります。

動くか動かないかはあなた次第です。

業務改善を進めていくと、業務の知識はもちろん、やがては経営、組織、ITなどの幅広い知見が求められる局面に遭遇することもあるでしょう。本質を粘り強く掘り下げるしつこさ、問題発見・解決のスキル、コミュニケーション・対話の能力、場をつくるファシリテートも必要です。その時は、本連載を少し思い出していただき、まずは自分たちで進めてみてください。それでもどうしてもうまくいかない場合や、より効率を重視するのであれば、その時は我々のような専門家に声をかけてくれればよいのです。

謝辞等

およそ11ヵ月にわたり、つたない文章を校正していただいた技術評論社の野口様に感謝です。

『上流モデリングによる業務改善手法入門』や本連載読者の方からの感想、問い合わせや相談も頂いています。お気軽に当社までお問い合せください。

合わせて、6月8日に無料セミナーも開催いたしますので、ご興味のある方は参加ください。

以上、長きにわたってありがとうございました。

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