2008年11月29日、楽天株式会社にて「楽天テクノロジーカンファレンス2008」が開催されました。同カンファレンスは、楽天の各種サービスの基礎となっている大規模トラフィック、その先にあるビジネスを支える技術について、さまざまな角度からフォーカスし、その裏側を見せることを目的としたイベントです。また、楽天以外に、各種コミュニティによるセッションが用意されるなど、これからの日本のエンジニアリングの方向性が見える1日でした。
2回目の今回は、代表取締役会長兼社長三木谷浩史氏のトークセッションや楽天テクノロジーアワード授賞式の模様を中心にお届けします。
クロージング基調講演~三木谷浩史×安武弘晃:トークセッション
カンファレンスの最後を飾ったのは、楽天株式会社代表取締役会長兼社長三木谷浩史氏と、同取締役常務執行役員 安武弘晃氏によるトークセッションでした。安武氏がインタビュアーの役で質問を投げかけ、三木谷社長が回答するというQA形式で展開しました。これまでの楽天の発展について、過去の経験や裏話なども交えながら、楽しくかつこれからを期待させる内容が繰り広げられました。
立ち上げの経緯
安武氏:
まず、楽天を立ち上げた経緯について教えてもらえますか。
三木谷氏:
元々、アメリカでの検索サービス「Inktomi」を日本に持ってきたことがきっかけです。当時から、アメリカのWebサービスには注目していて、中でもネットショッピングは日本にマッチすると感じました。
そこで、最初は海外にあるネットショップ企業を買おうと思っていました。しかし、それはちょっと違うかな、と思って。他業種を見た場合、たとえば、自動車メーカであれば自分たちでエンジンを作らなければ、会社としては成立しなくなります。これと同じく、ネットショップも自分たちで作らなければ成功しないと思い、楽天市場を作ることにしました。
作るためのモチベーション
安武氏:
オンラインショッピングのシステムを作ることが決まったとき、社長と一緒に書店に行って、プログラミング言語の解説書を9冊買ったことを今でも覚えています。しかも、翌日には半分ほど読み終えていて、その取り組み方に大変驚きました。このように、「作っていこう」と強く思ったモチベーションは何だったのでしょうか?
三木谷氏:
私自身はプログラマでもエンジニアでもありません。いわゆるビジネスマンというポジションでした。でも、先ほどの自動車業界の例で言えば、トヨタの社長はエンジンの仕組みを知っているはずです。これから、オンラインショッピングを始めるにあたって、前提として仕組みを知っておきたかった、というのが理由です。
なぜなら、作っていくものの仕組みを知ることで、作り手の気持ちを知ることができるからです。その結果、より良いサービスにつながると信じていましたし、今もそう思っています。
安武氏:
最初のオープンは1997年4月でした。企画・開発からリリースまで、約半年というスケジュールでしたが、きつくありませんでしたか?
三木谷氏:
本音を言うと、もっと早く公開できると思っていました(笑)。当時はまだ25製品しか扱っていなかったと言うこともありますし。ちなみに、現在は5万件を扱うようになったのですが、つねに楽観的に、どんなものでも必ずできると信じてやっています。
スケジュールに関して言えば、当時は、マイクロソフトやジャストシステムといったパッケージ製品が主流で、Web上のアプリケーションやサービスはまだまだ少ない状況でした。しかし、私自身はサーバに置くスタイルに可能性を感じました。その一番の理由が、つねに改善をしながら提供し続けられるという点です。これにより、迅速な開発体制を実現することができると感じていました。
サーバへの投資
安武氏:
株式を公開した直後、サーバやインフラへの大きな投資をしました。このときの決断の背景などを教えてもらえますか。
三木谷氏:
規模が大きくなるにつれて、アーキテクチャに課題が見えてきました。加えて、システム側の計算力を上げる必要が出てきたのです。また、株式公開をした後、さらにビジネスとしていけると判断して投資しました。(大きな投資をしたという)結果を見ても、間違ってはいませんでしたね。
安武氏:
時系列で見ると、とても小さなサービスからスタートし、今は日本でも有数の大規模サービスとなりました。大きくなって変わったことや感じたことはありますか?
三木谷氏:
現在、楽天IDは5000万を数えます。スタート当時、流通金額はとても小さなものではありましたが、そのときから必ず成功できるという確信があったのです。そのため、大きくなってからも、何かが変わったということはありませんね。
逆に、もっともっと大きくして、それらを支えられるアーキテクチャやインフラを整備しなければいけないと思っています。さらに、スケールだけではなく、新規サービスもどんどん開発していかなければいけません。
その中でも、1つ変わったという意味では、社会的責任が非常に大きくなっていると感じています。
安武氏:
そういえば、以前社長から「原子力システムを動かすつもりでやれ」と言われたのを強く覚えています。
三木谷氏:
スケールが大きくなるというのは、まさにそういうことだと思います。たとえばTVだったら、TVの放送が止まることは社会的大問題です。ネットサービスは、TVに比べると気軽に考えられますが、大規模になればなるほどその責任が大きくなり、そのためにはサービスが止まったり、不具合が起きないよう未然に防ぐとともに、万が一、トラブルが発生した場合には、その回復スピードを早くすることが重要です。
エンジニアに期待すること
安武氏:
これからのエンジニアに期待することは何でしょうか?
三木谷氏:
私は、インターネットって陶芸みたいなものだと思っています。とくに、楽天のようなサーバ型は、最初の形からどんどん変えていかなければいけません。この点が、職人的な部分でもあり、陶芸につながるのですね。さらに、本当のエンジニアであれば、自分が作ったプロダクトに対するオーナーシップを感じていることが大事です。
楽天では、楽天チェックアウトのように、エンジニア主導で生まれたプロダクトがあります。今後も、このようなエンジニア主導の成果物を出していけるようにしていきたいです。そのためには、テクノロジーとインターフェースとビジネスモデルをどう組み合わせるかが重要で、その融合が成功したとき、真のサービスとなるはずです。
繰り返しになりますが、これからもエンジニアの方には、オーナーシップを持ってもらい、そこにビジネスマインドを加えて、とんがったこと、最先端のことをしてもらいたいです。
今回のカンファレンス開催の目的にもつながるのですが、楽天のアセットのコアはエンジニアリングです。これからも当社のエンジニアには、誇りを持ってやってもらいたいと思います。
楽天技術研究所を誕生の背景
安武氏:
エンジニアリング、技術という観点で言うと、現在、楽天には楽天技術研究所があります。この研究所が生まれた経緯について教えてください。
三木谷氏:
技術をコアにするとき、日常の業務から離れて、ファンダメンタルな技術革新を狙っていく人たちが必要だと思ったのがきっかけです。たとえば、今もどんどん進化しているレコメンデーションエンジンだったり、クラウドコンピューティングは、研究所を中心に内製していて、今後もさらに強化していきたいです。
サービスを出すときに、最終的には、技術力=差別化だと思っています。そのために、研究所という組織を用意し、そこから生み出していくことでオリジナリティを持たせていきます。
これからのトレンド
安武氏:
これから先を見たときに、どういったトレンドがあると思いますか?
三木谷氏:
デバイスの進化、普及です。とくにiPhone、スマートフォンはいけると感じました。日本での販売がスタートした後、絵文字は使えないとだめというユーザもいましたが、ビジネスマンをターゲットにした場合には、すべてを一元的にできるのはすばらしいと思います。今後も、スマートフォンはもっともっと流行っていくと思います。ただし、それがiPhoneになるのかどうかはまだわかりません。
その他は、インターネット上でのビデオストリーミングです。Skypeまで含めてメディアの在り方が根本的に変わると思います。
楽天グループに関しては、金融、Eコマース、コンテンツを併せ持ったビジネスを展開している、世界唯一の企業です。今後、弊社に限らず、アメリカ発ではないビジネスモデルがどんどんでてくると思っています。
この先10年について
安武氏:
最後に、この先10年についてのお考えを教えてください。
三木谷氏:
まずは国際化。これが最重要課題です。加えて、楽天から技術を生み出す風土をもっと強めていきたいですね。
先ほども述べたとおり、規模が変わっても感覚の部分は変わっていません。つねに目の前のものを見据えて対応していきます。一方で、大きくなることによって、古い考えの方たちとぶつかるときがあります。最近では、一般用医薬品のネット販売の禁止という意見が出ています。正直、くだらないと思っています。この問題については、弊社としてもきちんと対応していきますし、また、大きくなったからこそ正しく対応して、顧客の皆さまに最大の価値を提供していく責務が発生していると感じています。
楽天テクノロジーアワード
三木谷氏、安武氏によるトークセッションの後、今年から始まった「楽天テクノロジーアワード」の表彰が行われました。これは、さまざまな形で技術的貢献をされた方たちを表彰するもので、三木谷氏やRubyまつもと氏が審査員となり、表彰を行います。
栄えある第1回目の金賞を受賞されたのは、ミラクル・リナックス株式会社シニア・エキスパートである吉岡弘隆氏です。
同氏は、Linuxカーネル読書会を始め、さまざまな形でのコミュニティ活動およびオープンソースソフトウェアの発展に尽力し、また、若手エンジニア育成について取り組まれています。今回は、こうした活動すべてが評価され、受賞となりました。
銀賞には、株式会社技術評論社が発行する『[24時間365日]サーバ/インフラを支える技術』と執筆陣の伊藤直也氏、勝見祐己氏、田中慎司氏、ひろせまさあき氏、安井真伸氏、横川和哉氏の6名が選ばれました。受賞には、執筆陣を代表して安井氏がトロフィーを受け取りました。
この他、Ruby賞として、YARV開発者の東京大学笹田耕一氏と、各種Webサービスに検索エンジンやレコメンデーションエンジンを提供する(株)プリファードインフラストラクチャーの2組が選ばれました。
- 楽天テクノロジーカンファレンス2008
- URL:https://www.rakuten.co.jp/event/techconf/2008/