Salesforce.comが毎年秋にサンフランシスコで開催するプライベートカンファレンス「Dreamforce」は、数あるIT系イベントの中でもトップクラスの規模を誇ります。期間中、サンフランシスコのダウンタウンは同社にジャックされたと言っても過言ではありません。会場となるモスコーニセンターはノース、サウス、ウエストのすべての建物がカンファレンスの場となり、ノースとサウスの間を隔てる道路(ハワードストリート)はずっと閉鎖された状態に。街中で交通整理をする警官がいつもの倍以上に増え、ただでさえ深刻なサンフランシスコの渋滞はさらに輪をかけた混雑となります。
閉鎖されたサンフランシスコ・モスコーニセンターを縦断する道路
9月15日から18日の4日間に渡って開催された「Dreamforce 2015」は世界中から16万5000人を超える参加者を集め、過去最高の規模となりました。しかしこのイベントのすごさはただスケールが大きいだけにとどまりません。そこで発表される新製品の内容は今後のITトレンド、とりわけクラウド業界に大きな影響を与えることもさることながら、同社CEOのマーク・ベニオフ(Marc Benioff)の幅広い人脈により、登壇するゲストの面々が非常に豪華でバラエティに富んでいるところにも注目が集まります。
会場付近はDreamforceのブルー一色に
昨年のDreamforce 2014にはヒラリー・クリントン前米国国務長官が登壇 し、大きな話題となりましたが、13回めの開催となったDreamforce 2015にもIT業界きっての華やかなイベントにふさわしいゴージャスな顔が揃いました。本稿ではそれらの登壇者の一部を紹介しながら、今年のDreamforceを振り返っていきたいと思います。
マーク・ベニオフ─サービス精神旺盛なDreamforceの主役
4日間のカンファレンスを通して基調講演からゲストとの対談、一般市民とのQ&Aに至るまで、完璧にパーティホストとしての役割を果たしたのはSalesforceの創業者であり現在もCEO兼会長を務めるマーク・ベニオフ。Dreamforceの他のIT系イベントに類を見ない華やかさは、すべての来場者に楽しんでもらいたいというベニオフのサービス精神の現れだといえます。Salesforceはここ数年、同社のサービスの特徴をあらわすフレーズとして「Customer Success(顧客の成功) 」をよく使っていますが、Dreamforceに参加していると、その理念をベニオフみずからが実践し、参加者を心から楽しませようとしていることが伝わってきます。
Dreamforceの“ MC” マーク・ベニオフ氏
スティービー・ワンダー─オープニングを飾った稀代のスーパースター
9月16日午後1時(米国時間)に行われたDreamforce 2015の最初のキーノート、ベニオフCEOの前にオープニングステージに現れたのはなんとスティービー・ワンダー(Stevie Wonder)! モスコーニに突然響き渡ったおなじみのモータウンサウンドに、会場の驚きはすぐに大歓声へと変わりました。ライブ中、「 Dreamforce is the Sunshine of My Life」など歌詞のところどころを"Dreamforce"に差し替えて歌うなど、これから始まるキーノートの前説というには豪華過ぎるパフォーマンスに会場は大喜びし、スタンディングオベーションで大スターを見送りました。
今回一番のサプライズ、スティービー・ワンダーの登場
最終日のキーノートでベニオフが語ったところによれば、ベニオフが直接電話でスティビー・ワンダーに出演交渉をした際、「 キーノートかあ…俺はあんまりそういうキャラじゃないんだけど」と最初は渋っていたスティービー・ワンダーを「大丈夫大丈夫、全然問題ないから!」とベニオフが押し切ったそうです。ベニオフの人脈の豊かさがあらためて証明されたミニライブでした。
パーカー・ハリス─SFDCのもうひとりのキャラ立ち創業者
Salesforceは今回のDreamforce 2015にあわせ、IoTプラットフォーム「Salesforce IoT Cloud」やマシンラーニングツール「SalesforceIQ」などのリリースを発表していますが、これらのプロダクト開発はすべて、もうひとりの創業者であるパーカー・ハリス(Parker Harris)の指揮下で行われています。16日のキーノートには"Lightning Man(昨年発表されたSalesforceのUI開発環境「Salesforce Lightning」に因んでいる)"のコスチュームに身を包んだハリスが登壇し、ベニオフと息の合った掛け合いを見せながらSalesfore IoTなどの新製品やLightningのアップデートである「Lightning Experience」 、さらにMicrosoftとのパートナーシップ強化について発表を行いました。ベニオフの影に隠れがちなパーカーですが、Salesforceが創業からわずか16年で「Microsoft、Oracle、SAPに次いで世界第4位のソフトウェア企業(ベニオフ談) 」に成長した背景にはパーカーの貢献を無視することはできません。
今回も体を張って貢献? パーカー・ハリス氏
トラビス・カラニック─Uberにハートはある?
9月17日の午前、モスコーニセンターに隣接するイェルバブエナガーデンズにはUber TechnologiesのCEOであるトラビス・カラニック(Travis Kalanic)とベニオフの対談を聴くために集まった人々で、建物を1周するほどの長い列ができていました。2009年に創業してからわずか6年で評価額500億ドル、日本円にして6兆円を超える企業となったUberは、デジタルディスラプション(digital disruption) ─最先端のITを駆使して既存の業界に破壊的な衝撃をもたらしたスタートアップの旗手として世界中から注目される存在となっています。いまやカラニックはベニオフにも劣らない米国の重要人物として位置づけられており、入場時はきびしいセキュリティチェックが行われていました。
UberはSalesforceのアプリケーション開発環境である「Force.com」のヘビーユーザとして知られており、ここ数年はDreamforceにも出展を続けています。一方でベニオフも「Uberの大ファンでしょっちゅう使っている。先日は新サービスのUberPool(Uberが地域限定でベータ展開している乗り合いサービス)を試してみたが、一緒に乗ったゴールドマン・サックスのビジネスマンも"これはいいね!"と言っていた」とUberユーザであることをアピール、両者が友好な関係であることを強調しています。
いまいろんな意味で最も注目されているサービスUberについて語るトラビス・カラニック氏(右)
もっとも45分の対談中、一度だけ場が緊張したシーンがありました。ベニオフが最近話題になったAmazonの労働環境についての話題をカラニックに向けると、彼は「それは企業文化による。我々は我々の信じる理念を実践するだけ」と答えています。ここでベニオフは「じゃあ我々はUberにはハートがあると、どうやって知ることができるんだい?」と、おそらくカラニックにとっては予想外の質問をすると、カラニックはしばらく黙りこみ、「 僕の心臓(ハート)はいままさにドキドキしているよ」とかわしつつ、「 それは見ればわかるんじゃないかな。我々の会社には何万人ものスタッフがいる。そこに(ハートというべき)何かがなければ一緒には働けない」と短く回答していました。
Uberは現在、急成長の代償であるかのように、ドライバーのトラブルや利用者からのクレーム、既存のタクシー業界やLyftなどのライバル企業との闘争など、多くのビジネス上のチャレンジを抱えています。そうした理由からか、カラニックは終始、発言に慎重な態度を崩しませんでした。ベニオフもまたそうした事情を汲んでなのか、それ以上は言及しなかったのが印象的でした。
サティア・ナデラ─CEOの仕事は"カルチャーのキュレーション"
DreamforceでMicrosoftのCEOが単独でキーノートを行うとは、おそらく2年前なら誰も想像しなかったのではないでしょうか。CEOに就任以来、Microsoftをあらゆる面から改革しているサティア・ナデラ(Satya Nadella) 。Dreamforce 2015ではSalesforceとMicrosoftのパートナーシップ強化策としていくつかの発表が行われています。たとえば今回発表されたIoT Cloudではストリームデータの処理にMicrosoft Azureを使うことが予定されており、さらにOffice 365のイベントデータもキャプチャできるようになります。また、LightningとOffice 365の統合も進み、Skype for BusinessやOneNoteといったコンポーネントをLightning上でフレキシブルに扱うことが可能になりました。
CRMの世界では圧倒的な強さを誇るSalesforceですが、MicrosoftもまたDyanmicsというCRM製品をもっており、Salesforceのシェアを奪うことに血道を上げてきました。しかし16日の午後に行われたキーノートに登壇したナデラは「IT業界の中でゼロサムゲームを演じるのはばかげたこと。我々はもうそういうことはしない。我々の業界が成功できるなら、それは顧客に価値を提供できたときだけ」と断言しています。こうしたナデラの姿勢を、先に登場したパーカー・ハリスは「Microsoftがいま取っているモバイルファーストやクラウドファーストといった戦略は我々のそれと非常に近く、同じ方向を見ている。だから我々は手を組むことにした」と高く評価しており、間違いなくナデラCEOだからこそ可能だった両者のパートナーシップ強化だと言えるでしょう。「 企業の生産性はテクノロジではなく、コーポレートカルチャーにひもづく。そしてCEOである私の仕事はカルチャーのキュレーションだ」というナデラの言葉は、Microsoftという巨大企業を変革している当事者だからこそ、重く強く響きます。
ここでお目にかかれるとは…Microsoft CEO、サティア・ナデラ氏
エド・リー─サンフランシスコの子供たちに100万冊の本を
マーク・ベニオフは夫妻揃って米国きっての慈善家としても知られており、Salesforceでは収入の1パーセントを社会貢献活動に使う「1-1-1モデル」をミッションとしており、社内外に広くそのプログラムを提供しています。Dreamforceも毎年、期間中にテーマを設定した社会貢献活動を行っており、今回は「100万冊の本を子供たちに届ける」という"1 million books"を掲げ、これを実現しています。
ベニオフとともに1 million booksの会場に登場したエド・リー(Edwin Lee) サンフランシシコ市長は「Salesforceのような企業が公教育という子供たちの未来を作るプロセスに協力してくれる、そのことに心から感謝したい。子供の教育にとって本はなくてはならないものであり、知識や教養のベースとなる存在。こうしたプログラムに関われて本当に光栄だ」とコメントしています。ただお金を落とすだけでなく、世界中の参加者を巻き込み、1冊の本が未来を作るきっかけになるという自覚をもたせる、そのために企業と自治体が手を組む─日本ではなかなか見ることができないかたちの自治体と企業のパートナーシップかもしれません。
本棚をバックに語るエド・リー サンフランシシコ市長(中央)
ジェシカ・アルバ─女優/母親/起業家の顔をもつ新世代の女性リーダー
シリコンバレーには女性のキャリア進出を全面的に支援している企業が多く、女性エグゼクティブも少なくありません。Salesforceももちろん同様で、とくにDreamforceでは意図的に女性エグゼクティブの登壇回数を増やしているように思えます。女性を対象にしたプログラムも多く、Dreamforce 2015では映画「ファンタスティック・フォー」等で有名なジェシカ・アルバ(Jessica Alba)がYouTubeのCEOであるスーザン・ウォジスキー(Susan Wojciki)とともに「Women's Innovation Panel」と題されたパネルディスカッションに登壇し、話題を呼びました。
ジェシカ・アルバは女優としてだけでなく、ベビーケアブランド「The Honest Company」を起業したことでも知られています。自身も2人の娘をもつ母親である彼女は、パネルの席で「The Honest Companyは2016年から16週間の産休に対して通常の勤務と同じ給与を支払う(父親の場合は8週間) 」と発言し、会場から喝采を受けていました。日本と違い、米国では産休というシステムが用意されていない会社がほとんどです。こうした状況に対し、ジェシカは「子供たちの親である人たちをスタッフとして迎えたい。彼らはマルチタスクを強いられるからこそ、その人たちが働きやすい環境を作る」と語っていました。
今回は起業家として登場、女優 ジェシカ・アルバさん
なお、The Honest Companyはアプリケーション開発のプロジェクト管理ツールに「Atlasian JIRA」を採用しています。ジェシカは「私はコードを書けないけどJIRAのチケットを扱うことはできる」とコメントし、すぐれたツールが生産性を向上させると強調しています。「 ビジネスに必要なのはコラボレーションしたいという意思であり、そういう意思と常識を備えた人々。それは私にとって学歴より重要な判断材料」というジェシカ。そしてコラボレーション向上にJIRAが一役買っているようです。
YOSHIKI─ベニオフの友人はDreamforceの常連
Dreamforceの常連ゲストとして知られる元X JAPANのYOSHIKI氏は"Japanese Rock Superstar"今年も登場。マーク・ベニオフの友人でもあるYOSHIKIは今回、サティア・ナデラの登壇前に「白鳥の湖」と米国国歌のピアノ演奏を披露し、スタンディングオベーションを浴びていました。海外の記者の中にも彼の名前を知っている人は多く、キーノートのどこかで白いピアノを見かけるのはもはやDreamforceの風物詩となりつつあるようです。
Dreamforceではもはや「お約束」元X JAPANのYOSHIKI氏の演奏
年々スケールが大きくなっていくDreamforceですが、これだけの大物が揃うのもITが社会全体の根幹を支える重要なインフラだという共通認識があるからこそ。クラウドファースト/モバイルファーストを迷うことなく前面に押し出してきたSalesforeceの方針が世の中に受け入れられていることのあらわれでもあります。2016年のDreamforceにはどんな面々がサンフランシスコにやってくるのか、いまから期待したいところです。