2015年11月9日、The Linux Foundationは、毎年恒例となっている「Enterprise User's Meeting」を横浜で開催しました。Enterprise User's Meetingは、エンタープライズ市場におけるLinux/オープンソース活用事例を紹介するイベントです。『 OSSのベストプラクティス集』として、主に海外のオープンソース先進事例や最新技術に関する講演を中心に、Linuxを活用している企業の責任者が登壇し、活用方法やオープンソースコミュニティとの関係を聞くことができるまたとない機会となっています。
企業をまたぐOSSプロジェクトをさまざまな方向から支援するLinux Foundation
Linux Foundationというと、Linuxの普及だけを支援する組織だと思われているかも知れません。しかし、近年は、オープンソースのSDN(ソフトウェア定義ネットワーク)コントローラーOpenDaylightや、PaaSソフトウェアであるCloud Foundryなどのプロジェクトも、協業プロジェクトとして、その普及活動を支援しています。
今回のEnterprise User's Meeting においては、これらの協業プロジェクトが大きく取り上げられました。これは、基調講演で取り上げられたOpenDaylightもそうですし、2つのセッションがあったCloud Foundry、そして、 Linux Foundation Executive DirectorであるJim Zemlin氏の基調講演「2015年のオープンソースビジネスの現状 ? チャンスと課題」においても、詳しく説明されていました。
Jim Zemlin氏
Zemlin氏は、Linux Foundationのいくつかの協業プロジェクトを、設立の背景や目的を紹介しながら、紹介しました。たとえばCloud Foundryが、EMC社とVMWare社によって設立されたPivotal Software社のガバナンスを経て、昨年Cloud Foundry Foundationに移管されたこと。フォーク(分裂)していたnode.jsプロジェクトとio.jsプロジェクトが統合し、Node.js Foundationが設立されたこと。また、話題のDockerについても、Dockerコンテナの今後の仕様等のガイドラインを策定し、コンテナの共通スタンダードの確立を目指していくOpen Container Initiativeが活動を始めていることなどです。
これらのプロジェクトは、ソリューションスタックで表せば、ネットワーク、OS、コンテナといった水平ソリューションになっているものです。Linux Foundation では、これらの水平ソリューションだけではなく、垂直となる部分、それぞれが協力して行っていく領域に取り組んでいるといいます。
たとえば、インターネットのインフラを担うCore Infrastructure Initiativeは、支援が必要なオープンソースプロジェクトを見極めて、人材獲得やセキュリティ強化といった必要経費のための資金を提供するものです。支援が必要なプロジェクトの例として、OpenSSL、NTPなどが紹介されました。他にも、OSSプロジェクトのガバナンスやエコシステムをどのようにして行っていくかという取り組みや、人材育成を目的としたトレーニングも、協業プロジェクトを縦軸に貫く柱となっています。
プロジェクトの「縦軸と横軸」
さらに、Linux Foundationでは、ダイバーシティプログラムをはじめているといいます。日本だけでなく、海外においても、技術コミュニティやオープンソースコミュニティにおいては、伝統的に少数派であるグループ(LGBT、女性、肌の色が違う、障害があるなどさまざまな理由が考えられます) に属している人たちに対して、OSSのプロジェクトに入ってもらえるように、資金を用意するとのことです。
Zemlin氏のセッションから、Linux/OSSの重要度が増すにつれて、Linux Foundationの役割が増え、その重要度が高まっていることを実感しました。
OSSプロジェクトは自転車ロードレースの「助け合い」に似ている
続いて登壇したのが、OpenDaylight Executive DirectorであるNeela Jacques氏です。彼は、「 オープンソースネットワークと企業」と題して、OpenDaylightプロジェクトの現状、採用事例などを紹介しました。
Neela Jacques氏
現在、OpenDaylightは、6ヵ月ごとにメジャーバージョンをリリースしています。そのリリースごとに、取り組みプロジェクト数、開発に関わるエンジニアの数が増えていることを紹介しました。最新版では、コードを書いて貢献する開発者は550人を超えているそうですが、それ以外の領域でも貢献しているエンジニアは2000名を超えるとのことです。そのような盛り上がりの中で、OpenDaylight は、米国だけ、欧州だけ、アジアだけといったものではなく、グローバルプロジェクトとなっており、ユーザグループは、東京を含めて世界中に広がっているそうです。
事例では、中国で大人気のインスタントメッセンジャーアプリWeChat(微信)を提供する中国大手ネットサービス企業テンセントなどの事例を紹介しました。
個人的に一番面白かったのが、企業がどうしてOSSプロジェクトに取り組むべきかということについて、Jacques氏が面白い比喩を紹介したことでした。
それは、自転車のロードレースを使ったものです。自転車のロードレースは、長時間にわたってレースをするため、常にライバル心むき出して走行しつづけているわけではなく、敵同士でトレインを組んで、風を避け、ローテーションし、順番に風よけになることを繰り返して、レースを進めます。そして、最後の数キロになったところで、勝負を行うということ紹介したのです。
Jacques氏は、「 これは、現在、IT業界で今起こっていることを表しています」と説明しました。つまり、差別化する以外の点では、どんどんと協力していった方が良いのだということだそうです(そして、最後に競争する) 。
この話は、協業と競争をよく表した比喩だなと思いました。
宇宙ステーションからOSSのあり方まで ─プレゼンテーション/パネル
NASA Technical Area LandのKeith G. Chuvala氏が、「 本当に飛ぶコード: ISSに使われるオープンソース」と題して、( おそらく自宅から)会場にネット接続し、講演しました。
近年、NASA の開発グループは、国際宇宙ステーションに搭載使用するシステムにおけるオープンソースソフトウェアの利用を強化しているそうです。Chuvala氏は、有人宇宙飛行プログラムに貢献しているソフトウェアを紹介しました。
Keith G. Chuvala氏によるネット中継講演の模様
また続いて、さらに注目度が高まっているPaaS領域において、Cloud Foundryの紹介、取り組みなどを紹介するセッションが2つありました。
ひとつは、Pivotal APJ(アジアパシフィック・日本)のCTO Jason Jackson氏によるCloud Foundryが実現する開発と運用の新時代の紹介、もうひとつは日本 Cloud Foundryグループのメンバー4名によるPaaSの活用方法や利用事例を紹介でした。
Jason Jackson氏
最後の事例紹介として登壇したのは、昨年のEnterprise User's Meetingにおいて、Twitter社のオープンソース担当責任者として来日したChris Aniszczyk氏です。現在はLinux Foundationに勤務しているそうです。Aniszczyk氏は、Twitterでオープンソース開発、ビジネスに携わった経験を基に講演を行いました。
いくつかのTwitter社での事例を紹介したのですが、前回の『「 バルス」に耐えた! Twitterを支えるOSS』 といった内容ではなく、Twitter社で開発したソフトウェアをOSSにするかどうかという社内での議論やその発展を紹介するものでした。
現在、シリコンバレーでは、エンジニアが数年に一度転職する状況のため、一度開発したソフトウェアを社内だけにとどめておくと、開発者が転職した場合、そのソフトウェアが放置されることになってしまう危険があること、それであれば、OSSプロジェクトとして公開した方がいいのではないかという議論が社内であったそうです。実際にOSSとして公開したところ、メリットの方が大きかったことなどを具体的なOSSを上げて紹介したことが印象的でした。
Chris Aniszczyk氏
締めくくりは、毎年恒例となっているThe Linux Foundation SI Forumによるパネルディスカッションです。今回のテーマは、「 グローバルITと日本のITのギャップ分析 : 日本のSIベンダーの課題」でした。
近年は、さまざまなメディアなどを通じて、SIベンダー危機説が取り上げられていることをご存知の方も多いと思います。その中で、日本のSIベンダーがどのように課題を捉えているかをざっくばらんにディズカッションしました。
このセッションで印象に残った言葉は次の2点です。
1点目は、一般社団法人 電子情報技術産業協会(JEITA)が実施した「ITを活用した経営に対する日米企業の相違分析」のレポート において、日米の経営層において、たとえば、クラウドやビッグデータについて、日本は「聞いたことがない/知らない」が40%以上だったのに対し、米国ではすべて1桁台以下ということでした。
調査は2年前ですので、今は、もう少し認知度は上がっていると思いますが、ITがビジネスを進める上で欠かすことができなくなっている現状を考えると、非常に残念な結果です。確かに、経営者がITを詳細まで知る必要はありませんが、少なくとも、認知していることで、指示を出せたり、あるいは、提案を部下からもらったときに、決定できたりと経営判断できるはずです。
2点目は、登壇した方々がすべて口をそろえて話していたのが、「 今、社内では、OSSに取り組んでいこうという気運が非常に高い」ということでした。
従来から、たとえば、通信・金融業界を担当していた部門では、お客様が積極的に採用している背景もあり、OSSに取り組んでいた人たちも多くいました。一方で、流通や製造業界では、比較的OSSへの取り組みが出遅れていたことも事実です。そのため、SI事業者で働く人に話を聞くと、その人が担当している業界によって、OSSに対する取り組みが違うという状況がよくありました。それが、今、一部の部署だけでなく、企業全体で取り組んでいこうという気運が高まっているということに、昨今のOSSの浸透ぶりを知ることができました。
SI Forumによるパネルディスカッションの模様
最後に
今回も、最新のLinuxやオープンソースを活用した著名な企業から、責任者が来日して(今回はネット講演もありましたが)講演を聴く貴重な機会となりました。みなさんも、Enterprise User's Meetingに来年、参加してみるのはいかがでしょうか?