「要綱の変更箇所=『外せない』知識」説
情報処理技術者試験の参考書制作も大詰めを迎えつつあった2021年10月8日正午過ぎ、弊社の書籍編集部に激震が走りました。原因は、試験の元締めであるIPA(情報処理推進機構)が公表した、ITパスポートの出題内容に関する通達事項でした。
プログラミング的思考力を問う擬似言語を用いた出題を追加します。また、情報デザイン、データ利活用のための技術、考え方を問う出題を強化します
――なんと、ITパスポートでは出題されてこなかった擬似言語が、2022年度から出題されることが公表されたのです[1]。
ITパスポートは職業人一般を対象とした試験ですので、これまではそこまで突っ込んだ出題はされませんでした。しかし、高校の「情報Ⅰ」でプログラミング的思考力などを養うようになるのにあわせて、ITパスポートも出題内容を改める、ということのようです。これは結構大幅な変更であり、参考書の編集作業もゴールが見えてきた編集部員は、急遽対応に追われることになったわけです。
こうした試験内容についての情報は、IPAが公開している試験要綱にすべてまとめられています。試験要綱は不定期に更新されており、そのたびバージョンの数字も更新されます。上記のITパスポートの出題内容の変更はVer.4.7での記載になります(最新バージョンはVer.4.8)。
試験要綱の更新は、我々参考書編集者にとっては頭痛の種であると同時に、絶対に注目しておくべき情報でもあります。なぜなら、更新によって追記・変更された内容は以降の試験で出題される可能性が高いと考えられるからです。もし、試験で出題する必要がないのであれば、わざわざ試験要綱に新たに記載する必要はありません。
ということは、試験要綱の更新履歴をたどれば、今試験で求められている知識が明確になるのではないでしょうか? ――ならばたどってみましょう。あまり古くまでたどっても意味がないので、2019年から2021年の3年間を対象に、試験要綱のバージョン更新を確認します。紙幅の関係上、変更の影響が特に顕著であったものをピックアップして紹介したいと思います。試験要綱は、何を目的に、どう変化したのでしょうか?
時代が求める出題内容とは?
最新バージョンはVer.4.8は比較的軽微な変更、Ver.4.7は先述のとおりなので、最初はVer.4.6での変更箇所を見てみましょう。なんと、これもITパスポートを対象とした変更でした。2020年9月に公開された試験要綱更新のお知らせでは、大学・高専でのAIやデータサイエンスに関連するカリキュラムや、DX関連の動向への対応が謳われています[2]。具体的には、「AIの技術(機械学習、ディープラーニングなど)について基本的な考え方を問う」という記載が出題内容に追加されていたり、データベースに関する出題内容が整理されていたりします[3]。
実際の試験にもきっちり反映されており、「ビッグデータの分析に関する記述として、最も適切なものはどれか」(令和3年度 ITパスポート公開問題 問19)や、「画像認識システムにおける機械学習の事例として、適切なものはどれか」(同問20)といった問題が出題されています。2年連続で比較的はっきりとした変更があったITパスポートの出題範囲ですが、その背景として語られているのはAI、DX、そして情報教育の強化と、この数年情報技術界隈をにぎわせたキーワードたちです。情報処理技術者試験が時代の要請を機微に捉えているさまが試験要綱からも伺えます。
広範囲に影響及ぶセキュリティの重点化
続いて注目したいのは2019年11月に公開されたVer.4.4です。ここでも高度試験を対象にAIやIoT関連の記述を増やすことなどが謳われていますが、もうひとつ注目すべきはセキュリティ関連の出題の強化です。曰く、「今回の改訂対象である各試験区分について、セキュリティに関する記述を増やしました」とのこと[4]。
改訂対象となる区分を確認すると、基本情報技術者、応用情報技術者、各種高度試験の合計9区分です。さらに、セキュマネのシラバス更新や、情報処理安全確保支援士の出題内容の全面刷新もなされています。脅威とのいたちごっこが続くなか、IPAとしても対策の手を緩めるわけにはいかないのかもしれません。
「AI時代」の情報処理技術者試験とその対策
最後に確認したいのは2019年1月に公開されたVer.4.2です。これはこの3年で実施された最も大幅な変更と言えるかもしれません。この更新で、基本情報技術者の選択問題においてCOBOLが廃止され、代わりにPythonが採用されることが宣言されました。
COBOLの廃止については「教育機関等における指導言語としての利用の減少、本試験における受験者の選択率の極端な低下」を、Pythonの採用については「適用範囲の拡大と利用の増加、機械学習やディープラーニングに関わる主要なOSSでの採用の広がり」をIPAは理由として挙げています[5]。
ITパスポートでもAIの技術について問うていることは先述のとおりですが、AI(機械学習・ディープラーニング)を開発する技能、あるいはAIとは何かを理解し適切に利用するリテラシーは技術者や職業人にとって基本的な知識とみなされるようになったのでしょう。ITパスポートや基本情報技術者の出題内容の変化は、こうした時代の潮流を如実に表しているのです。
さて、定期的に更新しているものは、何も試験要綱だけではありません。参考書や過去問題集もまた同じくです。一見毎年同じように見えますが、最新の技術動向も意識しながら、解説のポイントなどのチューニングがそこではなされています。IPAの発表に翻弄(?)されながらも、今年は何を盛り込むべきなのか頭を悩ませながら送り出した汗と涙の結晶が、受験者の皆さまの合格の一助となることを願ってやみません。