「契約」は身を助ける?
これまでの連載の中では、折に触れて「権利者の許諾を受けなくても著作物を使用できる場合」とはどんな場合なのか、ということを見てきましたし、「著作権法上の『引用』にあたる場合」(第3回)や「『アイデア』の部分だけが共通している場合」(第4回)、そして、「権利保護期間が満了している場合」(第7回)など、許諾を受けなくても第三者のコンテンツを利用できる場合は現に存在しています。
しかし、これまでご説明してきたように、許諾を受けなくても良い「例外」的場合にあたるかどうかの判断基準は必ずしも明快なものではなく、経験を積んだ実務者であっても、その"境界線"がどこにあるのかを見抜くのは非常に難しいのも事実です。
したがって、適法な利用にあたるのかどうか迷った場合には、著作権を侵害するリスクを冒すより、利用をやめるか、あるいは権利者の許諾を受けて堂々と使った方が無難なのは言うまでもありません。
最近では、著作権に対する意識が高まっていることもあって、ビジネスユーザーであればもちろん、個人ユーザーの中にも、権利者に対して「著作物の利用を許諾してほしい」という伺いを立てたことのある方がいらっしゃるのではないかと思います。
また、著作物を長期的に、かつ商業的に利用したいと考えるような場合には、著作権を譲り受けたり、著作物の制作者との間で「成果物の著作権を発注者に帰属させる」といった条件で契約を取り交わしたりすることも実際には行われています。
そこで今回は、著作権をめぐるトラブルを避けるための「契約」について、主にユーザー側の視点に立って、パターンごとに概観していきたいと思います。
著作権の利用許諾のための「契約」
(1)
街角の変わった看板を紹介するブログを運営していたAさんは、ある日、駅前で見かけたX社の看板に注目し、その写真を新たに自分のブログに掲載しようと考えました。その看板はデザイン性が非常に強いものだったため、Aさんは権利者に掲載の許諾を受けておこうと思い、X社に電話して用途等を説明したところ、対応したX社の担当者が「個人の方であれば特に手続きは要らないと思います。宣伝にもなるのでどうぞ載せてください」と回答したため、そのままブログに掲載しました。
3年後、Aさんのブログは人々の注目するところとなり、あちこちの雑誌等でも紹介されたことにより、アクセス件数も大幅に増加するようになりました。ところが、そんなある日、「X社の看板の制作者」を名乗るデザイナーB氏が、「貴殿がブログに看板の写真を掲載した行為は、私の著作権を侵害するものである」と主張して、写真の削除と損害賠償を要求してきました。Aさんは慌ててX社に電話して確認を求めましたが、3年前に対応した担当者は既に退職しており、後任の担当者には、「あの看板の著作権はB氏にあり、当社はもともと貴殿の利用を許諾できる立場にない。口頭で利用の許諾などするはずがない」と、つれない態度を取られてしまいました。Aさんは、「載せていいと言われたから安心して使っていたのに・・・」と頭を抱えています。
著作物の「利用許諾」は、当事者の合意に基づく「契約」行為です。
したがって、「著作物の利用許諾を受ける」というと、何だかものすごく敷居の高いことのように思えますが、現実には、おそるおそる権利者に許諾の可否を照会したら、口頭で"OK"と言われて拍子抜けした、なんて話も良く聞くところです。
「そんなに簡単でいいの?」と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれませんが、口頭の合意だけでも契約は成立しますから、上記のようなやり取りだけでも利用許諾契約は成立しますし(一般的に、「契約」の成立のために、「契約書」等の書面や厳格な手続きが必要とされるわけではありません)、口頭であっても、合意した事項を安易に覆すのはルール違反の行為といえます。
ただ、一口に「著作物を利用する」といっても、その利用の仕方は様々ですし、利用する上での条件等、決めなければいけないことは、本来たくさんあるはずです。
著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる。
2 前項の許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる。(以下略)
第63条(著作物の利用の許諾)
著作物の「利用許諾」について、法律には上記のような規定が存在していますが、ここでは「許諾に係る利用方法及び条件」が定められることが前提となっていますから、許諾を受ける際にはこれらの内容についてきちんと決めておかなければならず、口頭で処理するよりは、書面のように目に見える形で残しておいた方がより確実だといえます。
また、口頭で"OK"を出してくれた権利者側の担当者がいなくなってしまった場合などには、後になってから「許諾をもらっていた」ということを証明するのも容易なことではありません。そこで、後日の証拠となるように、著作物の利用許諾に際して書面を取り交わしたり、重要なものについては契約書を作成したりしておく方がより安全だといえるでしょう。
後述する著作権譲渡の場合とは異なり、「利用許諾」においては、権利そのものが移転するわけではありませんから、広告使用やキャラクター・ライセンスのように商業活動に直結する場合を除けば、書面を用いるといっても簡単なフォーマットで済ませることが多いのが実情ですが、それでも、「何を」「どのように」「いつまで」という基本的な条件と、「有償か無償か」という対価条件、そして、「許諾を与える側に権利者としての権限があるかどうか」という点については、きちんと確認し、明確に残しておく必要があります。
著作権を譲渡するための「契約」
(2)
Y社は、経営不振に陥ったZ社から有望なソフトウェアCの著作権を買い取るとともに、プログラムを一部修正して自ら開発したソフトウェアとセットで販売しようと考え、Z社との間で著作権譲渡契約を締結しました。当該契約の契約書には、「Z社はY社に対して、ソフトウェアCの著作権を全部譲渡する」と明記されていたため、Y社は安心して準備を進めていましたが、販売を開始する直前になってZ社より、「貴社にはソフトウェアの修正(翻案)版を作成して当社に無断で販売する権限はない」というクレームが来たため、Y社ではCの改良版の販売を中止することになり、多大な損害を被ることになりました。
「著作権を譲渡する」という契約は、ユーザー側が著作物を製作するために多額の投資を行い、それを幅広く利用することを予定している場合などに良く用いられます。
上記(2)のように「真正面から著作権の譲渡に関する契約を締結する」ケースもあれば、後述する(3)のように、「業務委託等の契約の中で、『著作権の帰属』を定めることにより、実質的に著作権譲渡の効果を発生させる」ケースなど、いくつかのパターンはありますが、いずれにしても、権利の所在そのものに変動が生じることになりますから、慎重な協議に基づき、「契約書」の作成等厳格な手続きを経て契約が結ばれるのが一般的です。
そして、上記(2)もそのような手続きを踏んで契約書が作成されているケースであり、しかもY社がZ社と交わした契約書の中には、「著作権を全部譲渡する」と明記されていますから、Y社がソフトウェアCに関する著作権をすべて取得することになり、譲り渡したZ社による改良版の販売行為は許されない、と理解するのが当然であるように思われます。
しかし、著作権法は、著作権の譲渡契約について、以下のような規定を設けています。
著作権者は、その全部又は一部を譲渡することができる。
2 著作権を譲渡する契約において、第27条又は第28条に規定する権利が譲渡の目的として特掲されていないときは、これらの権利は、譲渡した者に留保されたものと推定する。
第61条(著作物の譲渡)
ここで、「第27条に規定する権利」とは「翻訳権、翻案権等」として括られる権利であり、「第28条に規定する権利」とは「二次的著作物の利用に関する原著作者の権利」を指しているのですが、要するに、この規定は、単に「著作権を(全部)譲渡する」と書いただけではこれらの権利は譲渡されず、契約上これらの権利も含めて譲渡することを「特別に掲げる」必要がある、とするものです。
そして、ソフトウェアCの改良版を作成する行為は、第27条に規定された「翻案権」を行使するものに他なりませんから、Y社‐Z社の間の契約書の中で、「翻案権」も含めて譲渡することが明記されていない上記(2)のケースでは、「推定」を覆すような事情(「莫大な対価を支払っている」といったような、「翻案権」も含めて譲渡されたと言えるような事情)がない限り、翻案権は依然としてZ社に留保されている、と解釈される可能性が高いといえます。
実務的には、「全部譲渡する」に続けて、「(著作権法第27条及び第28条に規定された権利を含む)」といった文言が入っていればクリアできる問題だとされていますが、現場レベルの契約だと、そこまで徹底するのはなかなか難しいところで、上記(2)のような話がどうしても出てきてしまいます。
また、次のようなケースも問題になります。
(3)
甲社は、会社創立100周年を記念して一大キャンペーンを行うことになり、それに合わせて新しいキャラクターを広告代理店乙社に発注して制作することになりました。甲社は、このキャラクターを自社製品と組み合わせて大々的に活用しようと考えていたため、乙社との業務委託契約の中に「著作権の帰属」という条項を設け、「本契約に基づき乙が納品した成果物(キャラクター)の著作権(著作権法第27条及び第28条に規定された権利を含む)は甲に帰属する」と規定しました。
甲社では、このキャラクターを広告に掲載するだけでなく、グッズ化して子会社に販売させるなどしていましたが、ある日、「乙社からキャラクター制作の再委託を受けた」と主張するデザイン会社丙社から、「このキャラクターの著作権は、未だ丙社にある。また乙社からは、『甲社がキャラクターを広告の中で使う』ということは聞いていたが、キャラクターグッズを製作して販売するなどということは聞いていない」として、グッズ販売をやめるよう求めるクレームが入りました。
乙社に確認したところ、乙社は丙社との間でキャラクターの著作権の譲渡に関する契約を結んでいないことが判明しました。
広告物の制作業務を委託する契約やプログラムの開発契約等では、「著作権が○○に帰属する」という言い回しが良く用いられますが、このような条項は、「創作者からユーザーに対して著作権を譲渡することを目的としたもの」と解釈することができますから、その効果は、「著作権を譲渡する」という条項と同様です。
もっとも、ここで気をつけなければいけないのは、直接の契約相手とこのような取り決めを行っていても、実際に創作行為を行った者(著作者)が他にいる場合には、著作者との間で直接的または間接的に適切な取り決めを行っていなければ、著作権を取得することはできない、ということです。
上記(3)の事例では、乙社と著作者である丙社との間に、著作権譲渡に関する取り決めが存在しないため、甲社-乙社間の契約だけで甲社が著作権を取得した、とは言い難いところです。そして、このような場合には、丙社が未だ著作権者としての地位にあると考えられますから、丙社も制作当時から想定していた広告での利用についてはともかく、それを超えて甲社が自由にキャラクターを利用し、グッズ等に用いるのは、(改めて契約等で著作権の処理を行わない限り)難しいのではないかと思います。
発注者としては、このようなリスクは何としても避けたいところですが、直接の業務委託先から先の下請け、孫請け・・・といった複雑な契約関係全てに発注者が介在するのは現実には困難です。
そこで、このような場合に備えて、直接の契約相手方に、「著作権を譲渡する権限がある」ことを保証させることにより、万が一、著作者との間でトラブルが生じた場合でもダメージを最小限にとどめることができるよう努めることになります。
「契約」をトラブルのもとにしないために
冒頭でご説明したように、著作権に関する「契約」には、権利関係を明確化しトラブルを未然に防ぐ、という機能があります。
しかし、その一方で、契約の存在そのものや内容が明らかでなかったり、契約書上の規定が不十分だったりすると、「契約」本来の機能を果たせないばかりか、かえって契約の解釈をめぐってトラブルを生じさせる恐れがある、ということは、以上見てきたところからもお分かりいただけると思います。
たとえ契約書が存在しない(あるいは契約書の内容が不十分である)場合であっても、いざ訴訟になれば、契約当時の状況や交渉経緯等から、裁判所が契約当事者の合理的意思を推測して妥当な落としどころを探っていくことになるのですが、「契約当事者の合理的意思」がいかなるものであったかを立証するのは、権利者・ユーザーのいずれにとっても決して容易な作業ではありません。特に、元々は他人が持っていた著作権を「使わせてもらう」、「譲渡してもらう」という立場にあるユーザーの場合、契約書等の明確な証拠による裏付けがないと、自己に有利な結論を導くのは相当厳しい作業となります。
こういったことを踏まえると、後になって予期しないトラブルに巻き込まれないようにするためには、「早い段階から権利の帰属、利用ないし譲渡の条件等を明確にし、必要な記載条件を網羅した契約書面を作成してきちんと整理しておく」のが望ましいのは言うまでもありません。
もちろん現実には、著作物をどのような形で利用するか(利用させるか)、というニーズが状況によって刻々と変化することも多いですから、早期に条件を具体化して、自らの手足を縛るのは避けたい、という思いが優先する場合もあるでしょう。
早期に問題を整理して事後のリスクを最小化するか、それとも事後のリスクも覚悟の上で選択の幅を広く確保しておくか・・・。そのいずれを選択するかは、権利者・ユーザー双方の戦略的判断によって決まるべきものであって、どちらかが絶対的に正しい選択肢となるわけではありません。
重要なのは、「これから自分たちがやろうとしていることに関して、いずれの道を選択するのが合理的なのか」ということをしっかり認識して、"予期しない損害"を防ぐことにあるのであって、それこそが、著作権法務に携わる専門家にとっての最大の腕の見せ所だとも言えます(同じようにトラブルに巻き込まれても、それが予期されたものだったかどうかによって、当事者が受けるダメージは大きく異なります)。
この世に「権利」が存在する限り、それをめぐるトラブルが止むことはないのでしょうが、新しい年を迎えたばかりの今、一実務担当者に過ぎない私としても、適正な契約慣行の普及によって、著作権にかかわる人々にとっての"真に不幸な紛争"が少しでも減るように・・・、と願ってやみません。