新年あけましておめでとうございます。
今回はオープンソースのオフィススイートであるLibreOffice にしぼって昨年あった象徴的な出来事を、特に新機能に関することを中心にいくつか紹介します。LibreOfficeの魅力はなんといってもその巨大なコミュニティで、開発力も相当なものであることが理解していただけるはずです。
2018年のLibreOffice
リリース状況
LibreOfficeは昨年もたくさんのリリースが行われました。以下が一覧です。開発版は含んでおらず、あくまでリリース版のみです。
1月31日
6.0.0
2月9日
6.0.1
2月9日
5.4.5
3月1日
6.0.2
3月22日
5.4.6
4月5日
6.0.3
5月9日
6.0.4
5月17日
5.4.7
6月22日
6.0.5
8月2日
6.0.6
8月8日
6.1.0
9月13日
6.1.1
9月27日
6.1.2
11月5日
6.1.3
11月5日
6.0.7
12月18日
6.1.4
このように昨年と同じく16回のリリースが行われました。ちなみに6.0.7は11月26日にサポートが切れています[1] 。
[1] ただし、このサポート切れはThe Document Foundationが提供しているバイナリを使用している場合であり、Linuxディストリビューションなどで提供されているバイナリはこの限りではありません。具体的にはUbuntu 18.04 LTSのLibreOfficeは6.0.7までアップデートされ、その後2023年4月までサポートが継続します。
LibreOffice 6.0のリリースと新機能
昨年の大きなトピックは、LibreOffice 6.0がリリースされたことでしょう(リリースノート ) 。5.0がリリースされたのが2015年8月5日なので、約2年半ぶりのバージョンアップになりました。とはいえLibreOfficeはタイムベースリリースであり、バージョニングはマーケティングの都合によって決定されています。
LibreOffice 6.0は正直なところ、バージョニングに見合う大きな変更点はないといっていいでしょう。そのぶん6.0(あるいはその前)の段階で開発中だった機能が6.1や6.2など、その後のバージョンで有効になるケースが見受けられました。これは過去にはない動向です。
具体的には次のような新機能が該当します。
WriterのEPUBエクスポート機能(6.1)
Calcのマルチスレッドサポート(6.1)
BaseのバックエンドデータベースをFirebird に変更(6.1)
Baseのデータベースを従来のHSQLDB からFirebirdに移行する機能(6.2)
ユーザーインターフェースの変更機能(6.2)
括弧内の数字は、実際に有効になったLibreOfficeのバージョンです。もちろん6.2はまだリリースされていないので、あくまで予定です。
充分に安定したという合意が得られないと機能を有効にしない[2] 、有効にしない場合でも次のバージョンは半年後にリリースされるので再検証する、という柔軟性は充分なテスターがいることを示し、プロジェクトがうまく回っているひとつの証左かと思います。
[2] 「有効にしない」とは、当該の機能を実験的機能として実装しているため、「 ツール」 -「 オプション」 -「 LibreOffice」 -「 詳細」 -「 実験的な機能を有効にする(不安定な可能性あり) 」にチェックを入れて再起動しない限り有効にならないことを指します。
なお、1.の詳細に関して興味がある場合はUbuntu Weekly Recipeの「第534回 LibreOffice 6.1 WriterのEPUBエクスポート機能を使用する」 を、2.に関しては筆者のブログ記事 をご覧ください。
Qt/KDE5サポート
LibreOfficeはマルチプラットホームなアプリケーションですが、GUIのルック&フィールは各プラットフォームに合わせるべきです。とはいえ各プラットフォームごとに専用のルック&フィールを提供するウィジェットを用意すると大変です。そこでLibreOffice(とそのフォーク元であるApache OpenOffice、さらに前身のOpenOffice.org)ではVisual Class Library (VCL) というライブラリで抽象化し、プラグインとして実装しています[3] 。
[3] SAL_USE_VCLPLUGINという環境変数に使用したいVCLプラグインを指定し、LibreOfficeを起動します。現在使用しているVCLプラグインは、「 ヘルプ」 -「 LibreOfficeについて」の「VCL」の項目を見るとわかります。
例として、図1 はUbuntu 18.04 LTSで起動したLibreOffice 6.2.0の開発版(RC1相当)ですが、デフォルトでGTK+3のVCLプラグインを読み込んでいます。これを環境変数でどのプラットフォーム(デスクトップ環境)でもないVCLプラグインに切り替えると、図2 になります。各プラットフォームに合わせる重要性がよくわかります。
図1 Ubuntu 18.04 LTSでLibreOffice 6.2.0(開発版)を起動したところ
図2 Ubuntu 18.04 LTSで何にも該当しないVCLプラグインを読み込んでLibreOffice 6.2.0(開発版)を起動したところ。ファイルダイアログもLibreOfficeで用意しているものになる
本題ですが、LibreOfficeにおいてGTK+サポートは充分に行き届いているものの、KDEサポートは充実しているとは言い難い状況でした。LibreOffice 6.0まではKDE4のみのサポートで、Qt/KDE4はすでに公式なサポートは終了しているものの、Qt/KDE5のサポートは依然開発中でした。なおQt/KDE4とは異なりQt/KDE5はQt5とKDE5という別々のVCLプラグインとして用意されており、前者はUnix系OSでなくても利用できるように開発されています。
そんな中、6.1からほぼGTK+3をベースにファイルダイアログのみKDE5というVCLプラグインが開発 されました(図3 ) 。ルック&フィールはほかのKDE5アプリケーションとは乖離があるものの、日本語の入力もGTK+3によるものになるという副次的な効果もあり、KDE5サポートが完成するまでの暫定対応としては悪くないと考えていました。
図3 Kubuntu 18.04 LTSでダイアログのみKDE5、そのほかはGTK+3のVCLプラグインを読み込んでLibreOffice 6.2.0(開発版)を起動したところ。なおこのVCLプラグインは少なくとも6.2のTDFオフィシャルパッケージではビルドされておらず、このスクリーンショットは筆者の独自ビルドによる
ところが6.2からは、Qt5とKDE5の両方のVCLプラグインがデフォルトでビルドされるようになりました(図4 、図5 、※4 ) 。図6 はKDEでGTK+3プラグインを有効にしたスクリーンショットです。比較してみてください。
図4 Kubuntu 18.04 LTSでQt5のVCLプラグインを読み込んでLibreOffice 6.2.0(開発版)を起動したところ
図5 Kubuntu 18.04 LTSでKDE5のVCLプラグインを読み込んでLibreOffice 6.2.0(開発版)を起動したところ
図6 Kubuntu 18.04 LTSでGTK+3のVCLプラグインを読み込んでLibreOffice 6.2.0(開発版)を起動したところ
Qt/KDE5サポートは、もともとミュンヘン市[5] のJan-Marek Glogowskiさんによって進められていましたが、LibreOfficeサポート企業のCIB も開発に参加したことにより、実用段階に達したと判断されたのでしょう。とはいえ残念ながら日本語が入力できないという問題 が報告されています。その後Qt5のVCLプラグインで入力する機能が実装 されましたが(図7 ) 、コミットログにもあるとおり初期段階で、さらなる開発が待たれます。
[5] ミュンヘン市はUbuntuベースでデスクトップ環境にKDEを採用したLiMux というLinuxディストリビューションを開発しています。もちろんLibreOfficeも採用しているため、Qt/KDE5サポートを実装したのでしょう。なお昨年の記事 にもあるように、Windowsに戻るという決断をしています。
図7 LibreOffice 6.2.0の開発版でVCLプラグインをQt5にし、日本語を入力しているところ。文節の区切りが表示できておらず、違和感がある
例としてQt/KDE5のVCLプラグインを取り上げましたが、ほかにもWriterの変更履歴保存機能やヘルプなど、いままであまり手が加えられてこなかった部分に関して大がかりな変更が継続して加えられています。
LibreOffice Conference 2018
昨年のLibreOffice Conference 2018 はアルバニアのティラナで行われました。今回もレポート が掲載されています(有料) 。前出のQt/KDE5サポートの様子が記されたスライド資料 も公開されています。
その後ティラナはLibreOfficeへの移行を発表 しました。
日本での動き
日本でのコミュニティ活動は、筆者も所属するLibreOffice日本語チームが主体となっています。活動の様子をいくつか紹介します。
5月18日にLibreOffice Kaigi 2018 が大阪で開催され、筆者も登壇しました。こちらもレポート が掲載されています(有料) 。
各地で行われているオープンソースカンファレンス にも積極的に参加しており、中には筆者がセミナーに登壇することもありました。また同じく各地で勉強会も開催されており、12月9日に開催された第8回九州LibreOffice勉強会 は、台湾と韓国からゲストを迎え、興味深い発表がありました。このときのレポート が英語で公開されています。
日本国内で行われるイベントであってもThe Document Foundation(TDF)などのスポンサードにより旅費が援助されています。TDF自体はもちろん皆様による寄付で支えられています。
2019年のLibreOffice
改元対応
LibreOfficeで和暦を使用されている方がどの程度いるのかはよくわかりませんが、6.2では今年5月に予定されている改元に対応 しています。もちろん平成31年1月の段階では新しい元号は公表されていないため、本記事の公開時点では仮対応です(※6 、図8 ) 。
図8 例として2019年5月1日を和暦にした。右側中央に例が表示されている
時期的には、早ければ5月にリリースされる6.2.4から新元号に本対応するものと思われます。和暦を使用している場合は、6.2へのアップデートを早めに検討ください[7] 。
LibreOffice 6.2リリース
今年1月下旬あるいは2月上旬(おそらく後者)に6.2のリリースが予定されています。リリース直前に変更される可能性はありますが、大きな変更点として、さまざまなユーザーインターフェースに切り替える機能(ノートブックバー、あるいはMUFFIN )が有効になる予定です(図9 ) 。長い時間をかけて開発されただけあってだいぶ洗練されたものになっており、このユーザーインターフェースの変更によって何らかのパラダイムシフトが起こるのか、あるいは何も起きないのか、今後の動向に注目していきたいです。
図9 「 表示」 -「 ユーザーインタフェース」を「タブ」にしたところ。昨年の記事 の図3と比較して、かなり変わっていることがわかる