あけましておめでとうございます。技術評論社の馮です。2015年を迎えました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年2014年は電子出版市場規模が1,000億円を超え、さらに拡大する見込みと見られています。この勢いを落とさずに電子出版市場を拡大し、電子出版ビジネスのさらなる成熟に向けて、2015年はより重要な1年になると筆者は考えています。
今回のコラムでは昨年の振り返りをしたうえで、筆者自身が考えている今後の展望と理想について触れてみます。
なお、今回で5回目となる電子出版・電子書籍関する年頭コラム。過去4年のコラムをご覧いただくとこれまでの日本の電子出版ビジネスの1つの流れが見えてくるのではないかと思いますので、併せてご覧ください。
ビジネスとして上昇気流に乗った2014年の電子出版ビジネス業界
ついに1,000億市場へ突入
昨年6月に株式会社インプレスビジネスメディアから発表された報告によれば、日本の電子出版市場は2013年度に1,000億超え(電子書籍・電子雑誌合わせて)とされており、2014年度は日本の電子出版市場規模が確実に1,000億を超える見込みであることが発表されています。
この流れを支えているのが、読者の手元にあるデバイス、スマートフォン・スマートタブレットの普及、さらにその上で動く電子ブックリーダーの進化が挙げられるでしょう。また、昨年のコラムでも書いたとおり、日本の電子出版業界にもEPUBが浸透し始め、リフロー型・Fixed型にかかわらず、EPUBで提供されるコンテンツが増えたことも、市場拡大の要因の1つと考えられます。
大手電子書店Kindleが牽引、他にもLINEマンガやdマガジンなどスマートフォンからのアプローチが拡充
コンテンツが整備されたことに加えて、そのコンテンツを読者に届ける電子書店の認知度が高まり、利便性が良くなったことも市場拡大の要因の1つです。
2010年以降の日本の電子出版業界は多数の電子書店が生まれ、乱立状態が続きました。その後、2013年後半~2014年にかけて状況は一段落したというのが筆者の印象です。
まず、日本でとくに顕著に拡大したのがAmazon Kindleストアで、ジャンルを問わずさまざまな電子書籍が読めるようになりました。その他、楽天Koboやhonto、BookLive!など、各種電子書店にようやく読者が欲しいコンテンツが揃いはじめてきたと言えるでしょう。
その結果、読者が電子書店に集まり、さらに、リアル書店と比較して購入しやすい(ワンクリックまたはそれに近い簡単な操作で購入できる)という状況も電子出版市場には好影響を与えていると思います。
もう1点、電子出版市場の日本ならではの特徴として「マンガ」の電子化が挙げられます。もともとマンガは日本が世界に誇れるコンテンツとして認識されていますが、電子出版業界では、携帯電話(いわゆるガラケー)時代から唯一ビジネスが成立していた電子書籍のジャンルの1つでもあり、それがスマートフォンに移ってまた新しい形で市場を形成しています。
たとえば昨年のコラムでも紹介したLINEマンガや、2014年に関して言えば『週刊少年ジャンプ』のアプリ化およびサイマル出版にも注目が集まり、読者数を増やしています。マンガをはじめ、雑誌の電子化に関しては、1冊ごとの販売だけではなく、たとえば、読み放題や定期購読といったサブスクリプションモデル(利用期間に対して対価を払う)が適用できることも好調な理由の1つでしょう。また、たとえば、NTTドコモのdマガジンなど、ガラケー時代のキャリア課金に慣れていたユーザにとって各キャリアが提供し始めた電子書籍・雑誌サービスも利用しやすく、結果として市場拡大につながったと考えています。
出版社とネットサービスの融合
もう1つ、2014年には、電子出版業界というよりは出版業界全体として大きなニュースがありました。10月に行われた株式会社KADOKAWAと株式会社ドワンゴの経営統合です。両社は、経営統合に合わせて「KADOKAWA dwango 統合キャンペーン ニコニコカドカワ祭り」と銘打ったさまざまなキャンペーンを行うなど、電子出版を含めた出版ビジネスに関する新しい動きが見え始めています。
中でも筆者が注目したいのは、両者が統合したことにより、これまでドワンゴが提供していたクリエイターが活躍できるニコニコの世界観が、今後のコンテンツ産業に大きな影響を与えていく可能性がある点です。クリエイターが活躍でき、それに対する報酬が生まれる世界ができあがれば、電子出版市場がさらに拡大していくと考えているからです。
誰が読んでいるのか?~ジャンル別の電子書籍の動き
続いて、いくつかの電子書店が行ったアンケート結果から、現在の日本の電子書籍読者の動きについて考察してみます。
- ≪20~50代に聞いた電子書籍の利用実態調査≫電子書籍ユーザー、紙と電子の"使い分け派"は9割以上!
- URL:http://booklive.co.jp/release/2014/11/260952.html
- 『スキマ時間に読む書籍は「小説」、20代の6割以上が「スマートフォン」で電子書籍を利用』~読書に関する調査
- URL:http://research.rakuten.co.jp/report/20140829/
まず、約33万冊の電子書籍を取り扱う電子書店BookLive!が実施した全国の20~50代の男女(2,189人)を対象に実施した「電子書籍の利用実態調査」の結果からトピックを抜粋してみると、
- 電子書籍利用者の91.2%は、紙の本との電子書籍を併用
- 併用派の68%が電子書籍で「マンガ」を読む
- 「手軽さ」(60.9%)、「省スペース」(47.5%)を重視し電子書籍を優先
- 7人に1人(14.5%)は紙の本より電子書籍を多く読む
とのことです。
とくに注目したいのは、電子書籍利用者の91.2%もの方たちが紙と電子を併用しているという点。これは、たとえばリアル書店に足を運んだときに、読みたい本がない場合は電子書籍を買うといった、消去法の要因だけではなく、「すぐに買って読みたい」「ネットで見つけて購入した」など、スマートフォン&インターネットの特性に当てはまった結果の1つではないかと筆者は思います。
また、読まれるジャンルに関して併用派のトップにマンガが挙げられていますが(68%)、その他、小説(50.3%)、ビジネス書(29.8%)、趣味・実用書(42.0%)と、平均してさまざまなジャンルが読まれている点から、現状は「このジャンルは電子書籍でなければダメ」という状況にはなっていないようです。一方で、マンガとビジネス書に関しては、読む本のジャンル全体の比率よりも高いことから、いずれはこうしたものは電子版だけでも成立する可能性が考えられます。
続いて、楽天リサーチ株式会社が全国の20代~60代の男女1,000人を対象に実施した「読書に関するインターネット調査」の結果からトピックを抜粋してみます。
電子書籍関するトピックとしては、
- スキマ時間に読む書籍ジャンルは「小説」がトップ
- 20代の6割以上は「スマートフォン」、60代の5割以上は「パソコン」で電子書籍を利用
といったあたりに注目したいです。
とくにスキマ時間に読むジャンルというのは、出版業界のコンテンツ以外に、ソーシャルゲームやソーシャルメディアなど、他のジャンルとの競合が考えられるため、今後、このジャンルで電子出版ビジネスを検討する上では、こうしたジャンルとどう差別化するか、あるいは、どのように融合していくのかがますます求められると考えられます。
電子書店はこれからどうなる?~ネットとリアルの融合
現在の電子出版業界を考えると、当面は紙の書籍をどのように電子化し、販売していくか、それが最優先に考えられていくと思います。これは、ビジネスとして考えれば当然なことでもあり、これまで蓄積してきたノウハウ、また、紙の出版で構築されたビジネスモデルを活用する意味ではさらに整備していかなければなりません。
そこで重要になるのが、売り場、リアル書店と電子書籍との連動です。すでに、日本の書店各所では、リアル書店へ電子書籍購入・利用の導線をつくる動きが出始めています。
たとえば、TSUTAYAとBookLive!がスタートした総合書籍プラットフォームです。2014年11月27日、両者が協力して新読書サービス「Airbook」をリリースしました。
これは、全国のTSUTAYA対象店舗で、Tカードを提示して書籍を購入すると、自動的に購入した書籍の電子版がTカードに登録されたアカウントにダウンロードされ、無料で電子版を楽しめるというもの。
- TSUTAYA Airbookサービス
- URL:http://booklive.jp/landing/page/airbook-tsutaya/
また、株式会社トゥ・ディファクトが提供するハイブリッド書店サービス「honto」では、2014年12月16日から、丸善、ジュンク堂書店、文教堂に訪問したhontoユーザに対して、「リアル書店内の書籍検索」「マイ本棚などのリスト機能」「欲しい本の在庫確認」「リアル書店にはない商品情報の提供」など、電子書店サービスとリアル書店のサービスを融合したアプリの提供を開始しています。
- スマートフォン向けアプリ『honto with(ホントウィズ)』を本日配信 honto with(ホントウィズ)』を本日配信!!(PDFへのリンク)
- URL:http://www.2dfacto.co.jp/pdf/141216_1.pdf
Airbookは見方によっては単なる電子書籍の無料提供サービスですが、まず書店に足を運んでもらうという観点で見れば有用なサービスと言えます。また、無料版の次を読んでもらうような仕組みができれば、読者の囲い込みにもつなげられるでしょう。
また、honto withのように、電子書店もサービスの1つと考えたリアル書店が生まれてくることは、紙・電子の枠を越えた書籍販売サービスの拡充につながっていくのではないかと筆者は考えています。
また、もう1つ横断型の売り場として注目を集め、今後の展開に期待したいのが株式会社JTBパブリッシングが提供する「たびのたね」です。
- たびのたね
- URL:http://tabitane.com/
「旅」をテーマに、同社が提供する旅行ガイドに加えて、他社の旅行ガイドや現地情報誌の電子版などを横断的に購入し、さらにユーザ自身が自分だけのガイドブックとして電子書籍を発行できるサービスとなっています。また、雑誌の中から欲しい特集だけを選ぶなど、コンテンツ単位でカスタマイズできる特徴があります。
現在、北海道・沖縄エリアが対象で、将来的に対象地域は拡大していくとのことで、このように、ユーザ自身が欲しい情報を自分でまとめられるというのも、電子書籍ならではの魅力を活かした販売スタイルと言えます。「たびのたね」は旅行がテーマですが、このスタイルは他のジャンルに適用できる可能性があります。今後の展開に注目したいところです。
次のフェーズに向けて
購入・決済システムの多様化
最後に、2015年の展望について考察します。昨年のコラムで、2014年は「コンテンツの数と発売タイミングが大切になる1年」としてまとめ、実際、その動きになったように思います。
今年は、そのコンテンツをどのように買うのか、購入の仕組みにさらに踏み込んだ動きが見えてくると考えています。
その1つが購入・決済システムの多様化です。
Amazon Kindleや楽天Koboのように、すでにポイントやサービスを用意し、ユーザが繰り返し購入したくなる仕組みを用意することで、独自の経済圏をつくっています。今後、さらにこの動きを強化するのではないでしょうか。たとえば、アカウントの連動やポイントサービスの共通化といった動きです。
コンテンツを提供する側としては、とにかく読者がたくさん訪れる電子書店で販売を行いたいもの。そのために、読者を集める施策を行ってくれる電子書店は魅力的です。
また、日本独自の存在とも言える電子取次に関しても、ただ電子書店に配信する作業を代行するだけではなく、読者を拡張するための仕組みや読者の利便性を高める施策を電子書店とともに積極的に取り組んで、考えて市場拡大につなげていってもらいたいと考えています。
すでにユーザ(潜在読者)がいるサービスへのコンテンツ配信
この他、たとえば、先に紹介したLINEマンガのように、電子出版ではない、ネットサービスの既存ユーザに向けてコンテンツを配信してくれる存在や、3キャリアが提供するサービスへのコンテンツ配信など、コンテンツホルダーである出版社が意識していかなければいけないところでしょう。
電子出版物には再販制が適用されない
これら一連の流れで忘れてはいけないのが、現在の日本の電子書籍・電子雑誌は、再販制(再販売価格維持)が適用される既存の出版物とは異なると言うことです。つまり、電子出版物は、紙の本や雑誌のように定価が固定されて販売していくものとは異なり、たとえば、日によって値段を変えるキャンペーンを行ったり、先ほど紹介したAirbookのように紙のオプションとしてコンテンツを配信することが行えます。
もちろん、ただ安くするキャンペーンを行えば良いというものではないですが使い方次第で、電子出版ビジネスの強みになるでしょう。これは本当に大きなビジネスモデルの変化でもあり、出版社だけではなく、電子書店や著者など、利益を享受する側が意識しなければいけない変化だと考えています。
その中でも、ジャンルによる向き・不向きはあるものの、サブスクリプションモデルを適用した電子出版ビジネスが、これから数年先の課題の1つだと筆者は考えています。
電子出版ビジネスの未来
現在の日本の電子出版は、さまざまな変化と成長をしながらも、まだ、紙に依存する点はまだまだ多いことを感じています。次のフェーズに向けてこの点はより一層強化し、整備しなければなりません。まずは、引き続き紙の出版物の電子化の整備です。現在、多くの出版物はInDesignというDTPソフトを使って制作されています。このInDesignで制作したデータを、早く、そしてきちんとした形でEPUBなりPDFなりに変えて電子化する体制を整えなければならないでしょう。とくに、現在はリフロー型と呼ばれるEPUBを制作できる企業・制作者はまだまだ少ないと筆者は感じています(ここで言うEPUBとはIDPFが制定している標準のものを指します)。この点は2015年意識して強化し、EPUBをきちんとつくれる環境整備に取り組む必要があるでしょう。
加えて、さらに市場を拡大するには、やはり、電子出版だけで考えられるコンテンツや仕組みが必要ではないかと思っています。たとえば、現在の電子書籍・雑誌の多くは、紙で制作したものを電子化する流れで、これはまだまだ無駄な部分もあります。そこで、たとえば、あらかじめ電子で制作することを前提としたコンテンツおよび制作フローの確立に関してはまだまだ検討の余地があるでしょう。業界ではよく言われる「ワンソースマルチ配信」です。つまり、1つのコンテンツから、紙のもの、電子のものもつくりやすくするというものです。
また、電子出版物の強みの1つである制作のスピード感というのも、これからますます重要になるのではないでしょうか。たとえば、弊社が昨年発売した『Docker入門』『先取り!Swift』のように、新技術の解説書は、技術が発表された直後、注目された直後に情報を編集し、出版できれば、紙では実現できないスピード感で発売できます。
それから、弊社ではまだ実現できていませんが、たとえば、新しい技術に関する電子出版物に対してサブスクリプションモデルを提供すれば、その期間内には、つねに最新のバージョンに対応したものを読者に提供するといった形も考えられますし、このあたりは、引き続き検討し、実現に向けて取り組んでいきたいテーマです。
今紹介したものはあくまで一例ですが、こうした“電子出版ならではの強み”というのを改めて意識して、展開していくことが大事だと考えています。
筆者が電子出版元年としてコラムを始めた2010年から5年が経ち、日本独自の電子出版市場がようやく立ち上がったと考えています。2015年は、この市場をさらに拡大して、より良い、成熟したものにしていけるよう業界全体で取り組んで行ければと考えています。