新春特別企画

紙ありきの電子出版市場の拡大と成長、雑誌読み放題、電子コミック、その次は~2016年の電子出版

あけましておめでとうございます。2016年になりました。

このコラムも今回で6回目。小学校で言えば来年は卒業です。この間、非常に大きな変化が生まれてきました。とくに2010年に、日本でもiPadが発売され、それ以降、スマートフォン・スマートタブレットが普及したことで、出版はもとより、さまざまなコンテンツ産業の変化が生まれました。そして、2016年となった今年、どうなるのか、実際に専門書・専門雑誌の電子出版事業に関わった立場から考察してみます。

この間のコラムについては以下をご覧ください。

2015年の電子出版市場とここ数年の推移を考察~ついに2,000億市場が見えてきた

まずは2015年の電子出版市場の振り返りです。

インプレス総合研究所が6月に発表した電子書籍ビジネス調査報告書2015では、電子出版市場は2014年が1,411億円を記録しています。そして、同報告書では、2015年度は1,890億円の見込みとなり、2015年も継続して市場が成長していると予測されています。

この数字に関しては、筆者も同感で、おそらくこの数字かそれ以上の金額が見込めると感じています。

成長要因には、読者の体験と環境の変化が大きく関わっていますが、その中から、とくに2015年に目立ったものについて取り上げます。

2015年の電子出版市場の成長要因(その1):読み放題サービスが花開いた電子雑誌

まずは「電子雑誌の読み放題サービス」の浸透です。その一番手として、NTTドコモが提供する『dマガジン』が挙げられるでしょう。月額400円で、最新の雑誌160誌が読み放題、250万ユーザを獲得しているとのこと(2015年12月現在⁠⁠。仮に雑誌1冊が400円以上だとしても、250万ユーザ分の利用料をシェアできるビジネスモデルは、雑誌を展開する出版社にとっては大きな収入になることでしょう。

昨年のコラムでも取り上げていますが、こうしたサブスクリプションモデル(利用期間に対する定額制)は、これからの電子出版ビジネスでカギを握ると思います。まず、雑誌という親和性の高い刊行物で花が開き始めたと見られるでしょう。

課題があるとすれば、今後、単価の異なる刊行物(例:週刊誌と単行本)に対して、切り分けをどうするか、このあたりの仕組みづくりは1つのポイントと筆者は考えています。

また、電子雑誌読み放題が進むことで、雑誌の広告モデルの変化にも注目したいところです。

2015年の電子出版市場の成長要因(その2):電子出版市場を牽引し、新しい市場を開く電子コミック

2つ目の要因は元々市場としても大きかったものが、さらにビジネスモデルを変えて拡張している「電子コミック」の分野です。

2015年12月までの各社の発表によると、

  • 『LINEマンガ』⁠1,000万)
  • 『comico』⁠1,000万)
  • 『マンガボックス』⁠900万)
  • 『少年ジャンプ+』⁠450万)
  • 『MangaOne』⁠150万)

と、各マンガサービスで多くのユーザを獲得しています。無料版を動線としたコミックの配信・読者獲得は、今の日本の電子出版市場でも非常に大きな成功例と言えるでしょう。

とくに6インチ前後のスマートフォンが出たことが、こうした結果につながったと考えられます。

さらに注目したいのが、たとえば『LINEマンガ』が出版事業へ参入するなどの、電子から紙への動き、作家・クリエイターを育成していく動きが見えてきたことです。後述のとおり、紙→電子の動きというのが、今の日本の電子出版の主たる姿ではありますが、電子ありきで動き始めていることは、大変素晴らしいことだと筆者は考えます。

2015年の電子出版市場の成長要因(その3):出版社が意識しはじめた最適な配信

最後に注目したいのが出版社が考えるエコシステムが動き出したことです。いわゆる紙と電子版を同時に発売するサイマル出版の浸透です。

2年ぐらい前まで、電子版、とくに電子書籍の発売は紙の書籍から一定期間遅らせるケースが多く見られました。しかし、2015年に入り、さまざまなジャンルでサイマル出版が行われるようになってきています。筆者が参加している「電子書籍を考える出版社の会」の参加社もサイマルに対して積極的に取り組み始めました。

その結果、⁠電子書籍」自体が過度に特別視されなくなったと感じます。サイマル出版が増えることで読者が持つ「電子版があるか?」という疑問が減りました。加えて、Amazon Kindleをはじめ、同じ販売ページから「紙」⁠電子版」を選べる販売サイトが増え、読者が求める選択肢を提供しつつ、出版社としてもビジネス機会を逃さない最適なコンテンツの配信が行われ、結果として、エコシステムが動き出しているわけです。

筆者が関わる専門書の場合、サイマルに対してはとくに制作面でまだまだ課題は多いものの、元々デジタルデータで制作する書籍の媒体を紙・電子同時で配信できるようになってきたことは、非常に好ましい状況と考えています。

電子書籍・電子雑誌が特別視されない時代へ

このように、電子書籍・電子雑誌が特別視されない、一般化された時代が来たことが今の日本の電子出版市場を現しています。

その点で、筆者がとくに注目したいのが、又吉直樹さんの『火花』です。ご存知のとおり、⁠火花』は芥川賞を受賞し、記録的な売上を達成し、今もなお売れ続けています。2015年12月の時点で紙の書籍は299万部、そして、電子版は13万DLを達成したと発表されています。比率で言えば、紙:電子=23:1ですが、母数として1冊の書籍の電子版が10万ダウンロードを超えるというのは、注目に値する出来事です。

電子版の場合、多くの書店では同じアカウントで同じタイトルを複数買えないことを考えると、ほぼこの実数値の読者がいたということは、電子書籍の潜在読者がこの数はいたとも考えられるからです。もう1点注目したいのが、⁠火花』の電子版は3ヵ月遅れで発売されながらも、この数字を達成している点です。

仮にサイマルで発売された場合、どのぐらいの数字になったかというのは興味深いところです。

2016年の数字見込みとその先

続いて、2016年の市場予測から次の展望について考察します。

2016年度は2,350億円という数値を見込んでおり(前述の報告書⁠⁠、ついに日本の電子出版市場(数値は電子書籍・電子雑誌を合わせたもの)は2,000億円を超えると予想されています。このように、日本の電子出版市場は、日本にタブレットが登場した2010年以降、順調に成長していると言えるでしょう。ちなみに、2010年の電子出版市場は656億円でしたが、当時は携帯電話コミックの売上げが570億円でしたので、⁠スマートフォン・スマートタブレット以降の)電子出版・電子書籍市場という見方で言えば5年で約2,000億円近く伸びたと言えます。

次に、紙の書籍市場について見てみましょう。全国出版協会・出版科学研究所の推定数値によれば2015年前半の出版市場は約7,913億円とのこと。昨年同時期と比較して-4.3%、2014年度が約1兆6,100億円と言われていますので、その減率を当てはめて考えると約1兆5,400億円となります(昨年末に発表された同研究所の見込みでは、さらに落ち込み、約1兆5,200億と予想されています⁠⁠。

紙の市場の落ち込みが大きいのは事実です。しかし、この紙と電子出版の数字を比較して、筆者が最も押さえておきたいポイントは2つあります。1つは、紙の市場の落ち込みはあるものの、電子出版市場は伸びていること、もう1つは、紙の市場に対して電子出版市場が10%を超えたことです。

出版市場を、出版社という観点で見れば、紙であるか電子であるかの違いを比べるだけでは片手落ちで、最も大事なのは、紙+電子を加えた「出版物」の市場がどうなっていくのかを考え、ビジネスとして成功させることです。

(これは筆者の主観が強いですが)今の出版市場は、断片的な情報をもとに、報道関連やソーシャルメディアを経由した外部の声が大きくなり、⁠それがすべてである」という前提で議論が進む傾向が強いです。さらに、その流れに押されてしまう雰囲気も感じています。実際、紙の市場の数字が落ちていますので、その点については当事者がしっかり考えるべきことは多々ありますが、その中で、出版関係者の多くは、模索しながら改めて市場形成をしていこうと取り組んでいます。現在のこの市場動向をしっかりと把握しながら、紙+電子出版市場の合計額をきちんと捉え、伸ばしていくことが電子出版市場を健全に成長させるうえで大切だと考えています。

ここ数年の動きを見る限り、紙+電子の数字というのは、出版市場の冷え込みに対して少なからず明るい結果が出ていると筆者は捉えていますし、こういう動きが見えることで、外部の声にも変化が出てくると期待しています。

なお、全国出版協会は昨年の平成27年度 事業計画書にて、新規事業として「電子出版統計調査の本格実施」をすると発表しています。これは⁠出版社・電子書籍ストア・電子書籍取次の協力を得て、電子出版の統計をまとめ、⁠出版月報』⁠出版指標・年報』にその成果を発表する。⁠となっており、今後は1つの調査報告をベースにした、出版市場、電子出版市場の比較が行えるようになり、今まで以上に確度の高い数字と考察が行えるようになるのではないでしょうか。

専門書の電子化は?

最後に、筆者が関わっている専門書の電子出版の展望について考察します。

専門書に関しても、ここ数年は大きな結果が出ていると感じています。筆者が属する技術評論社でも、2012年以降の売上の伸びは大きく、昨対で2015年も増加の見込みです。

各出版社でサイマル出版の動きが強まる

繰り返しになりますが、弊社を含め、技術系専門出版社がサイマル出版に積極的に取り組むようになりました。これが専門出版社の電子書籍・電子雑誌市場が伸びている要因の1つでしょう。また、内容そのものが電子版を求める読者ニーズとの親和性が高いこともあります。ITやインターネットなどの技術を解説する専門書籍・雑誌は、情報鮮度も非常に重要です。その点で、電子版も紙と同日に展開できるということは、読者に対するメリットも非常に大きいでしょう。技術評論社では、2014年以降、85%近い書籍のサイマル出版を行っています(2015年の電子書籍・雑誌の刊行点数は395点⁠⁠。

改めて振り返ると紙があってこその電子出版だった~そこから見える課題

今回「サイマル出版」という単語を何度も取り上げていますが、正確には「紙の書籍・雑誌ありきのサイマル出版」です。現時点では、紙で制作した刊行物を電子版として制作し、読者のニーズに合わせて配信しています。

紙ありきで考えた場合、現状にはまだいくつかの課題があります。1つは制作面、もう1つは販売面です。

制作面に関する課題は、⁠まず紙のレイアウトを組んでから電子化する」という制作フローです。現在、技術評論社ではパートナー企業とともにリフロー型EPUB(文字サイズや行間が変更できるタイプの電子書籍)の制作を積極的に採用しています。しかし、紙ありきの場合、まず、紙でレイアウトを組むため、⁠読者の読む環境が不特定多数の)電子版の制作の際、細かな部分で調整が必要となります。たとえば、⁠ページの概念がない」というのはその一例です。

この部分はある程度効率化・自動化できるとしても、最後の作り込みには、制作のプロがもっと必要と考えます。現状、技術評論社としては制作パートナーに恵まれてはいますが、今後、専門出版社での電子出版事業の拡大には、質の高い電子書籍制作者・企業の増加が欠かせないと考えており、筆者としても、そういった人材・企業の育成はこれから取り組みたい項目の1つです。

また、現在、電子書籍の標準フォーマットになったEPUB(EPUB3)で制作したとしても、読者が使用する電子書籍リーダーによっては表示のされ方が異なったり、場合によっては仕様通りに制作したデータが、そのリーダーの不具合のために読めないというケースがママあります。これについては、コンテンツを作る側が妥協せずに、電子書籍リーダーの開発元にフィードバックをして、バグフィックスや改善をしてもらう動きを取っていくべきと考えています。

次に販売面、販売価格および配信形態の課題です。ご存知の方も多いと思いますが、電子書籍・電子雑誌は、紙の書籍と異なり、再販制によらない販売(例:電子書店主導による価格調整)が行われるため、利益面での戦略は旧来型のモデルとは別に考える必要があります。紙と電子をセットに考える場合、その組み合わせ方が最も重要です。現時点ではどうしても紙のモデル(いわゆる再販制に基づくスタイル)が強く、さらに主観ではありますが、日本の電子出版事業のさまざまなところで、⁠電子版は安い」という認識が強くあると感じています。たしかに、紙・印刷代がかからないという見方ではその通りです。しかし、一方で、電子データを制作するコスト・きちんと配信し続ける運用コストなどは、紙とは別の形でかかります。ですから、端的に電子が安いという考えではなく、紙・電子それぞれのメリットを踏まえたうえで、販売価格を決定し、提供し、⁠そのコンテンツとして」最適な価格・配信形態で提供することが必要と考えています。

加えて、今後、サブスクリプションモデルでの提供が浸透した場合には、専門書籍・専門雑誌はどのような価格帯で、どのような期間で、どういったアップデートでといった面まで考える必要があるはずです。外部の声に惑わされず、提供側(著作権者・出版社・電子書店など)がきちんと考えて展開しなければならないと筆者は強く考えています。

この先の日本の電子出版市場

最後に、2016年の日本の電子出版市場のキーワードと、この先の中期的な展望について考察します。

まず、2016年の日本の電子出版市場の動きとして注目したいのが次の4つです。

  1. リアル書店を使った販促
  2. 電子図書館
  3. 教育コンテンツとしての電子書籍
  4. 電子から紙の流れ

電子出版に関わっている人であれば、いずれも2015年に注目され、動きがあったものと捉えるかもしれません。こうした動きに対して、コンテンツホルダー(とくに出版社)が積極的に動くのが2016年ではないかと考えています。

リアル書店を使った販促に関しては、たとえば、BookLive!とTSUTAYAが展開するAirbookやhontoが提供する読割50といったサービスがすでに提供されています。こうした動きに対して、読者がどこまで利用するか、そのための施策を考えることがこの1年で重要になるでしょう。こうしたセット展開もそうですが、筆者としては、hontoと位置情報ゲーム「Ingress」のコラボのような、別のコンテンツとの組み合わせ、また、それに付随して、特定の書店の電子書籍のみで特典を付けるといったキャンペーンは効果があるように思います。電子出版が登場する以前から、紙の書籍や雑誌でもこういった取り組みはありましたが(例:特定の店舗のみで配られる販促品⁠⁠、今紹介した事例は、読者が電子書籍・電子雑誌を読む「スマートフォン内」で解決できる仕組みであること(この例ではIngressの限定アイテムの配布)が、大きなポイントと考えています。また、筆者としては単なる値引きをするよりもこうした展開のほうが可能性を感じています。

2つ目の「電子図書館⁠⁠、3つ目の「教育コンテンツとしての電子書籍」に関しては、出版社だけではなく、その受け皿である図書館(および相当の提供者)や教育側の意識と体験の変化が重要です。単に紙の置き換えとして電子書籍を使いたいだけでは難しいと感じています。既得権を守りたい人間の意識改革だけではなくて、⁠複数ユーザでの閲覧に対して、どのように配信していくか」という技術面での変化と改善が必要だと筆者は考えています。

最後の「電子から紙の流れ」については、この数年で電子オリジナルの電子書籍がいくつも刊行され、それを紙の書籍として販売していく動きも見えてきています。POD(プリント・オン・デマンド)を行う電子書店や出版社も増えてきました。また、前述の『LINEマンガ』の出版事業への参入もそうですし、紙→電子の一方的な流れだけではなく、電子→紙への動き、あるいは、Webの世界で昔から言われている「ワンソース・マルチユース」を実現するためのフローと仕組みの整備が重要になることでしょう。

その派生として、たとえば、1つのコンテンツに対して前編は紙と電子も同じ、後編は電子版のみアップデート、反応が良いアップデートを紙の書籍として改訂といった展開も考えられます。あくまで1つの例ですが、電子出版そのものが特別視されなくなることで、出版社を含めた提供側も新しい展開が生み出せると思っています。

まとめ:次の5年でどうなるのか?

最後にまとめです。今回のコラムを書くにあたって、展望というよりは振り返りとそれに対する考察が多くなりました。そのため、正直なところ「2016年の電子出版」というテーマで書きづらかったです(苦笑⁠⁠。

筆者としては、ようやく日本の電子出版が普通になってきたことの裏返しでもあると、前向きに捉えています。とは言え、まだまだ課題が多いのも事実です。先にお伝えしたとおり、制作面であったり、販売や提供の仕組みなど、とくに「ネットを使うための技術」に対しては、日本の出版業界はまだまだ弱いように感じています。加えて、ビジネスという点では古くからある商慣習とのぶつかりも壁になっていると思います。 ですから、この先、電子出版市場をさらに伸ばすには、

  • (出版業界として)IT/ネット技術を積極的に取り入れる
  • 必要以上に古い商慣習に固執しない
ことが、日本の電子出版市場の次のフェーズに入れると考えています。

過去5回のコラムでは「コンテンツ」が最も重要と伝えてきました。これは今回も変わらないですが、今後はその「コンテンツ」をどのように配信するか、配信部分をもっと意識していくことが求められると考えています。配信には、制作も、販売も、権利も含まれるからです。

出版業界もご多分に漏れず、IT/ネットのチカラが生み出している変化に直面しています。その変化を意識しながら、⁠ネット時代のコンテンツ」⁠ネット時代の配信」を考え、今後もさらに良い電子書籍・電子雑誌を提供し、業界全体がより良い形になっていくことを望んでいます。

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