こんにちは。グラフィックファシリテーターやまざきゆにこです。いきなりビジネスの会議で「悲しい」とか「泣いている」なんて言ったら、笑われるかもしれません。けれど、「伝わらない悲しさ」「分かり合えない寂しさ」「だれもわかってくれない苦しさ」……そんな「ナミダ」が描ける会議を経験するたびに確信します。
分かり合えない会議こそ、きちんと一度「ナミダ」を共有して、その「ナミダ」の裏にある、みんなの心が「じつは望んでいる」関係性や本当のありたい姿に、いち早く気づいてほしいと。
「伝わらない」って、こんなにさみしいんだ
最初の体験は、以前この連載でも紹介した(第37回)「赤鬼の形相で怒鳴る社長」の目に「ナミダのしずく」が描けたときです。本当に驚きました。それはある企業で、社長を除く幹部だけが集められたビジョン研修でした。幹部のみなさんが現状の課題を挙げるうちに、社長の指示の細かさや怒鳴り方が話の中心になりました。被害者意識たっぷりの議論から描けてきたうちの一枚が次の絵でした。社長が幹部のみなさんに雷玉を投げつけているという絵です。このときはまだナミダは描けていませんでした。
それが改めて絵を見直しているうちに、見え方が変わってきたのです。社長がなぜこれほどまで腹を立てて怒鳴っているのか――一方で幹部のみなさんからは言い訳も反論も返ってこない――だから社長はまた雷玉を投げるわけですが……。もはやその手を止められない社長を見ていたら、この顔の赤さは怒りからではなく、疲労困憊の酸欠状態からくる赤さに見えてきたのです。今にも膝をついて力尽きてしまいそう。そんな「赤鬼社長」の目に「ナミダ」を思わず描き足してしまった絵は、第37回(2ページ目)に掲載してあります。
「伝わらないって、こんなにさみしいのか……」。わたし自身が強烈に感じた体験でした。「経営者は孤独だ」と言葉ではよく聞きますが、その言葉の意味する本当の「悲しさ」というものに(ほんの一部に過ぎませんが)触れて、わたしまで涙が出そうになりました。
それ以降も、さまざまな会議の現場で「ナミダ」が描けてくる体験をするようになりました。社長だけに限らず、部長の目にも、メンバーの目にも「ナミダ」。厳しい表情で指示を出す社長も、冷たい表情で問いつめる部長も、じつは心の中で「泣いている」。
あなたも実は心の中で泣いていませんか。
「悲しみ」が共有できると、前に進める
会社の中で、地域の中で、家族の中で、友だちとの間で、ネットというバーチャルな世界でも、「伝わらない悲しさ」「分かり合えない寂しさ」「だれもわかってくれない苦しさ」が「ナミダ」になって描けてきます。ただそれらのほとんどは、絵になるまでは、言葉として語られることもなく、共有されてこなかったものばかりでした。
しかし「悲しい」「さみしい」「苦しい」という「ナミダ」が描けるところまでお互いの気持ちに触れたとき、間違いなく関係性が変わります。お互いのことがまったく違って見えてくる。これまでの問題の捉え方が劇的に変わる。議論の場が変わっていきます。
前出の幹部のみなさんもそうでした。「赤鬼社長」の「ナミダ」の絵を共有したとき、それまでの社長への不満がピタッと止まりました。そして静かにこう言いました。「おれも支店に戻ったら同じ気持ちだ」と。そこから、幹部のみなさんの社長の見え方がまったく変わりました。ただ恐いだけの社長から、社員のこと、その家族のことまでを思う社長の姿が見えてきたのです。幹部の方から「被害者発言」がなくなりました。そして「社長が親会社に戻った後も、我々がすべきことは?」「できることは?」といった発言が聞こえてきたのです。
話し合っていた人たちが、ネガからポジへ、他責から自責へ変化していく姿に立ち合うたび、「ナミダを共有する」力を実感します。腹を立てている上司や、イライラしている主婦、黙ってさみしく暮らす高齢者の、それぞれに描ける「ナミダ」に向き合うと、その「ナミダ」の裏に、みんなが「じつは心から望んでいる」関係性やその組織や地域の未来が描けてきます。人の「怒り」「悪態」「キツい一言」「沈黙」といったネガティブな感情の根底にある究極のネガ「ナミダ」が描けるところには必ず、その人が本当はこうありたいと心から強く思う「ポジティブな気持ち」が描けてきました。
怒っているあの人は、……本当はどうしたい?
もし、仕事やプライベートで、うまくコミュニケーションがとれていない相手や、もっと「分り合いたい」と思う相手がいたら、究極のグラフィック「ナミダ」をちょっと使ってみてください。まずは「もしかしたら泣いているかも……」と思いを馳せてみるだけでいいのです。
たとえばクライアントとの関係があまりうまくいっていないなら、クライアントの顔を思い浮かべて、その目にナミダを思い描いてみる。そして「もしかしたら泣いているかも……」と思いを馳せながら、次の絵の表情に当てはまりそうなセリフを書き出してみます。そして、その絵をしばらく見つめ直してみます。するとふと、ナミダのウラにある、その人の別の声、その人が「本当に言わんとしていたこと」が聴こえてくるはずです。
商品開発の現場でもカスタマーの目に「ナミダ」です。カスタマーは何をほしがっているのか(ポジ)ではなく、「もしかしたら泣いているかも……」とまずは「ナミダ」を使って深いネガへ迫ってみます。マーケティングの世界では、生活者視点に立つために「インサイト」や「人間中心設計」、「デザイン思考」など、いろいろなアプローチがありますが、絵巻物の上で共通するは、カスタマーの目にも「ナミダ」が描けたときこそ、彼らの「(黙っているけれど)じつは○○してほしい」とか「(腹を立てているけれど)本当は○○でありたい」といった心の声が聴こえてきます。
この連載では何度も「情報の共有」よりも先に「感情の共有」をしてほしい、「ネガティブな気持ち」から共有してほしいと述べていますが、その人が実は心から望んでいた「本当のWANT(ポジ)」を「最短で」つかめるところが「ナミダ」を「究極の」ネガというゆえんです。
そしてそんな「ナミダの声」を聴いたうえで生み出される商品やサービス、カスタマーへのメッセージは、これまでとは全く違う、カスタマー自身気づいていなかった「本当は○○したかった」道へと誘う、新しいコミュニケーションを生みだしています。
「ナミダの声」を聴き出す練習:あなたは本当はどうしたい
あなた自身の、じぶんの「ナミダの声」にも耳を傾けてみませんか。あなたの目にもナミダを描いたら「もしかしたら泣いているかも……」しれません。そして同時に、じつはあなたが本来、望んでいる関係やありたい状態、本当は欲しいこと・したいことが見えてくるかもしれません。そんな「わたしは本当は○○したかったんだ」という、じぶん自身も気付いていなかった心の奥底の声に気付ける体験は、他の人たちの「ナミダの声」に耳を傾ける練習にもなります。
作業としては簡単です。ノートと鉛筆を用意します。そして自分が抱えるネガティブな気持ち、愚痴、不満、不安といった感情を、じぶんのために紙に書き出します。「なんとかならないかな」とか「なんだか嫌だな」と、じつは思っていることはありませんか。普段じぶんでも意識していない「モヤモヤしている気持ち」を探る作業なので、どんなことでも構いません。思いつくまま、感じるまま、筆の進むまま書いてください。
ポイントは書く内容が「同じことを繰り返す」まで書くことです。つまり「もう特に書くことが無い」という「ネガを吐き出しきった」サインが表れるまで書き出せると、あなたの心の奥底にしまっていた究極のネガ「ナミダの声」(たとえば次のような声)が聴こえてくるはずです。
- 「こっちが何も言い返さないと思って……(ナミダ)」
- 「業者扱いするな。ばかにしやがってー!(ナミダ)」
- 「ワタシだって早く帰りたい!でも投げ出せないじゃない(ナミダ)」
注意点として「不満なんて特にない」と思って、ちょっとでもポジティブになると「ナミダ」まで行き着きません。とことんネガティブな気持ちだけを書き出してください。そのうちに「ナミダ」を書きたくなるような、あなたの「本当の心の声」が書ける瞬間があります。
そしてもう1ステップ。そんな「ナミダの声」が書き出せたら、あたなの心が望んでいる本当のありたい姿を次のように「ポジティブな言葉」にひっくり返して言ってみてください。あなたは本当はどうしたがっているのか。
- わたしは本当は「対等に扱ってほしい!」
- わたしは本当は「自分に自信がない……。もっと自分に自信を持ちたい」
- わたしは本当は「自分からアピールできるようになりたい」
- わたしは本当は「ありがとうと言ってくれるだけでいい……。お互い思いやっている関係になりたい」
人を動かしたければ「プレゼン上手」より相手の気持ちの「汲み取り」上手に
その人が「発している言葉」と「本当の気持ち」は必ずしも同じではなかった。それをわたしは絵筆から教わりました。特に、ネガティブな発言をする人ほど、じつはその状態を一番「なんとかしたい」と思っている人でした。怒っている人ほど、じつは本気で未来のことを思っていました。でも、周りの人には伝わらなくて……心の中で泣いていたのです。
そこで提案です。相手の気持ちの「汲み取り上手」を目指してみませんか。
一般的には「プレゼン上手」を目指そう、努力すべきは「聴き手」より「話し手」という風潮があります。しかも「伝えるのが下手」だと「何を言いたいのかわからない」と切り捨てられやすい世の中です。けれど、これまで300を超える会議に立ち合ってたくさんの人のプレゼンを絵にしてきましたが、正直「プレゼン上手」なんて……まずいませんでした。それどころか、その逆に「うまく言葉にならない」会話にこそ、本当の問題や本質的なこと、本物の心が描けてきました。簡単に解けない問題を扱っているときほど、その傾向がありました。
多くの会議が今もなお、お互いが「伝え合う」ばかりで、「分り合えない」ままプロジェクトが進んでいます。でもそろそろ、相手の本当の気持ちを「汲み取る」人たちも増えていかないと、いつまでたっても先に進めないと思うのです。「話し手」としてではなく、「聴き手」として一度黙って「相手が言わんとしていること」を「汲み取ろう」としてみませんか。きっとこれまで遅々として進まなかった案件やバラバラなメンバーが、驚くほど1つになって前に進むはずです。
私自身、まだ絵筆を持たない会社員時代、「何を言いたいのかわからない」と言われてきました。それが今の仕事と出会ったことで「驚くほどわたしの話を聴いてくれる」という体験をするようになりました。何が起きていたのか。それは「人の話を絵に描く」というのは、相手が「本当は何を言いたいのか」を「汲み取ろう」とする作業の連続にほかならなかったのです。黙ってまずは相手が言いたいことを「汲み取ろう」としたら、わたしの話も聴いてくれる、しかも伝わる、そして分り合えるようになったのです。うれしい誤算でした。
相手を動かしたければ、自分が言いたいことを「伝える」ばかりではなく、まずは「黙って聴く」。そして「その人が本当に言いたいこと(気持ち)」を「汲み取る」。これも1つのビジネススキルだと思うのです。
グラフィックで「意見」ではなく「気持ち」を共有
これまでの連載でお伝えしてきたグラフィックファシリテーションの基本ツールは、いずれも「気持ちを汲み取る」グラフィックです。汲み取るのは「意見」ではなく「気持ち」であるところがポイントです。
- 「9つの表情+セリフ」(第47回)
- ネガポジ曲線に描ける「モヤモヤ」(第41回)と「ハート」(第40回)
- そして今回紹介した「ナミダ」
腹落ち感のない会議や、気持ちが1つになっていないプロジェクトがあったら、これら第三のコミュニケーションツール「グラフィック」を持ち込んでください。「情報の共有」はされているけれど「感情の共有」がされていない、言葉や文字だけの会議ではじつは「みんなの気持ち」はおいてきぼりにされています。だからどこか実行力が伴わないのです。毎回でなくてもいいのです。一度でもいいので、メンバーの「気持ち」やカスタマーの「気持ち」を「汲み取る」時間をとってみてください。その会議やプロジェクトがこれまでとはまったく別物になって前進するはずです。
さて、次回、じつは最終回となります。これまで不定期便にも関わらず読んでくださったみなさま、本当にありがとうございました。最終回では、ダウンロードしてぜひ使ってほしい「ワークショップ事前設計シート」を紹介します。
「プレゼン上手」よりも、相手の気持ちの「汲み取り上手」になってほしいと、基本のグラフィックを紹介してきましたが、組織単位や地域単位の「大勢の人たちの気持ち」を「汲み取る」には、その前に「引き出し上手」になる準備が不可欠です。実際わたしがお手伝いするGFの現場も、多くは本音どころか感情を押し殺して論理的に「意見」を交わす左脳会議に慣れた人たちの集まりです。そんな「大勢の人たち」に「気持ち」を語ってもらうには、前もって主催者とはいろいろ作戦を練っているわけですが、そんなウラ話を紹介できればと思います。