Re:PoIC~ライフハッカーのためのPoIC入門

第7回[最終回] Re:PoIC~Knowledge Navigator(ナレッジ・ナビゲーター)

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実のところ、当初「Re:PoIC」で書こうと思っていた構想は、前回までの内容ですべてでした。ところが、原稿を書きながら、改めてPoICについて深く考えているうちに、思いもよらぬ考えが浮かんできました。

例えるならば、真夜中にヘッドライトで照らされた道を、狭い視界で確認しつつ、グルグルと螺旋を描くようにして辿り着いた山頂が、夜が明けてみたら実は有名な観光地だったと気付き、⁠ああ、ここだったのか」と驚くといった感じです。

そして、今まで辿ってきたルートが、実はPoICの4つのタグを巡るルートだったのだな、と気づいたのでした。これはそのルートの記録、いわばドライブマップです。

また、以下の稿はあくまでも、PoICに対する現在の僕の考え方、感じ方であり、PoIC提唱者であるHawk氏とは、いっさい関係ないことを明言しておきます。

4つのタグ

PoICには、データウェアハウス、つまり個人的な意思決定支援ツールとしての側面が存在する、ということは第3回ですでに述べました。

PoICをデータウェアハウスとみなすと、それは意思決定のための雑多な判断材料、つまり過去の記憶を時系列順に貯めたものと考えることができます。

そして、その雑多な情報はPoIC上で、詳細なジャンルやカテゴリーではなく、ただ4つのタグで分類されています。

なぜPoICは、4つのタグのみの分類でうまく機能するのでしょうか。それを知るために、まず記憶に関してごく簡単にまとめてみたいと思います。

記憶の分類

記憶はその情報の種類によって、いくつかのカテゴリーに分類できます。

記憶と脳、心理学と神経科学の統合を著したスクワイアの記憶分類によると記憶は、下図のように分類されます。

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では、それぞれの機能は一体どうなっているのでしょうか。

記憶について

記憶はまず、短期記憶と長期記憶に分けられます。

短期記憶

短期記憶(STM = Short-Term Memory)は、一時的にとどめられた当座の記憶のことで、作業記憶(ワーキングメモリ)とも呼ばれています。

ワーキングメモリは、短期記憶の概念をさらに拡大したもので、ただ情報をとどめておくだけだと考えられていた短期記憶に対して、情報の貯蔵にとどまらず、情報の操作や処理を行うところとして想定された、ごく短時間の記憶過程のことです。

長期記憶

長期記憶(LTM = Long-Term Memory)は、さらに非陳述記憶と陳述記憶に分けられます。

非陳述記憶

非陳述記憶(手続き記憶)とは、意識にのぼらない記憶です。⁠何かを行うときのやり方(How To⁠⁠」に関する知識であり、自分が何をしているかについての意識を伴わないこともあります。例えば、自転車にはどうやって乗っているのか、などといったことです。これらの記憶は言語化することが困難であり、故に非陳述記憶と呼ばれています。

連載第4回「暗黙知」と表現したGTDの、⁠言葉では言い表すことができない領域の知識」は、ここに含まれます。

陳述記憶

陳述記憶は、意識的に想起できる知識のことであり、これにより日常生活に必要な事柄を、意識的に思い出したり認識したりすることが出来ます。

一般にただ「記憶」と言う場合には、この陳述記憶を指しています。

陳述記憶は、さらに「エピソード記憶」「意味記憶」に分けられます。

エピソード記憶

エピソード記憶は生活記憶とも呼ばれています。特定の出来事やエピソードを覚える能力で、⁠いつ」⁠どこで」体験したかという、⁠コンテキスト(文脈⁠⁠」が重要となります。自分が直接経験した自伝的記憶と、情報媒体(メディア)を介して間接的に受け取った社会的出来事の記憶があります。

意味記憶

意味記憶は、知的記憶とも呼ばれ、これは事実や一般的知識など、文脈に依存しない情報のことです。

展望的記憶

また、展望的記憶と呼ばれる記憶もあります。

これは他の記憶が過去の情報であるのに対して、将来の行動に関する特殊な記憶のことです。この記憶には、⁠いつの時期」「いかなる行動」を行うのかという2種類の情報が必ず含まれています。

この展望的記憶に対して、上記の過去に経験した出来事の記憶をまとめて「回想的記憶」と呼びます。

以上のように記憶は、その機能によって以上のように分類され、ワーキングメモリは、前頭葉前頭前野に、短期記憶は海馬に、長期記憶は「連合野皮質」に貯えられます。

コンピュータになぞらえると、ワーキングメモリの前頭前野は「RAM⁠⁠、短期記憶の海馬は「ハードディスク⁠⁠、長期記憶の連合野皮質はDVD-ROMなどの「バックアップ」と考えることができます。

記憶と意思決定

では、そもそも「記憶」とはどういったものなのでしょうか。

ここでは記憶を、⁠いますぐに対処すべき眼前の問題を、解決するために不可欠なものとして貯えた、過去の情報」と認知科学的に定義します。つまり、記憶は「思い出すこと」自体が目的なのではなく、あくまでも問題解決の為の手段であるということです。

こうした問題解決のプロセスを制御しているのが、前頭葉の前頭前野皮質です。

前頭前野の機能の中には、何をすべきか決断する働きがあると考えられており、長期的な目標を設定して、その目標に沿った判断を下す役割り、つまり意思決定機能も担っています。

今ここでは、意思決定を、⁠現在の状況を過去の記憶を参照しながら分析し、可能性として予測される複数の解の中から、暫時的に最適解を選択して、行動するための動機とする過程」のことであると定義します。

そして、実際に行動したかどうかは、神経回路とは無関係なので問題視されませんが、行動結果の成否などの「行動の記憶」は、また記憶へと繰り込まれて更新され、再度情報として貯蔵されることになります。

PoICのタグ

前述の記憶分類を追っていくと、この記憶の分類がPoICの4つのタグに対応することに気づくと思います。

野帳

例えば、PoICのドッグを認知科学的メタファーとしての「記憶」の総体であると考えると、⁠野帳」は短期記憶として位置づけることができます。

野帳からカードへの転記作業の際には、情報の取捨選択が行われるので、この作業をワーキングメモリとして捉えることができます。

PoIC提唱者であるHawk氏も、「PoIC : 情報カードの積み重ね」「第5回 PoICを楽しく続けるコツ」の中で、野帳を「一時的な記憶媒体」であると位置づけており、⁠カードに転記した時点で『捨て⁠⁠」るとしており、これはワーキングメモリの役割によく似ています。

記録

また「記録」タグはエピソード記憶に相当すると考えられます。

PoICマニュアルによれば、記録カードは身の回りの事実や現象を記録するのに用いるとあります。

これは、自分が直接、または間接的に経験し、かつ時間や場所、その時の感情などの文脈に依存した、⁠エピソード記憶」のことと考えてもよさそうです。

参照

さらに「参照」タグは意味記憶に相当すると思われます。

PoICマニュアルによれば、参照カードは、本・テレビ・ウェブからのことばの引用、料理のレシピなど、⁠自分以外の他の誰かのアイディア」を記すカードであり、私たちの外側から入ってきた情報、つまり誰かさんのアイディアだとあります。これは、事実や一般的知識など文脈に依存しない情報、すなわち「意味記憶」のことだと言えます。

GTD

そして「GTD」タグは展望的記憶に相当します。

PoICにおけるGTDカードは、デビッド・アレン氏の提唱する、システムとしてのGTDとは異なり、実のところTODOのリストです。

デビッド・アレン氏の提唱するGTDは、⁠何かを行うときのやり方(この場合にはナレッジ・ワーカーの仕事の進め方⁠⁠」に関する知識である非陳述記憶(手続き的記憶)を、言語化(ナレッジ・マネジメント)したものだと考えられます。

そして、⁠43Tabs」はこの展望的記憶の想起を媒介するための、外部記憶装置として働くことになります。

外部記憶装置としての用件を満たす機能としては、以下の4つがあり、43Tabsもこの4つの機能を押さえたものになっています。

1.符号化機能

手帳に書く、写真を撮る、どこかに置く、他者に思い出させてくれるように頼むなど、外部記憶装置を構成することによって、記憶に対する心的な働きかけが活発になり、結果的にその記憶の保持を促進する機能のことを符号化機能と呼びます。

これは情報カードに予定を記入する行為に相当します。

2.トリガー機能

記憶として保持された情報を思い出す際に、外的記憶装置がそのきっかけになることをトリガー機能と言います。

これは日ごとにタブをめくっていくことに相当します。

外的記憶装置の利用が、予定の想起を促進するのは、保持期間中ではなく、想起時に外的記憶装置を利用できるからであり、タブをめくることによって、その日の予定がカムアップされ、それが展望的記憶のトリガーになっています。

3.貯蔵機能

例えば手帳に書かれた予定が、しばらくの猶予を経た後でも、きちんと参照できることを貯蔵機能と言います。

43Tabsでは、タブケースの中に予定の書かれた情報カードが貯蔵されています。

4.リファレンス機能

「仕事の予定はスケジュール帳に書いてある」とか、⁠休暇の予定はカレンダーに記してある」などといった、どの外部記憶装置にどの情報が付加されているかを示す索引を、利用者が記憶できているということをリファレンス機能と呼びます。

43Tabsでは予定はすべてカードに書かれ、ケースの中に一元化されています。

発見

そして、最後の「発見」タグは特殊な分類です。

なぜなら、発見カードに書かれた情報は、私たちの頭や心から湧き出てきたものであり、これは溜め込むためのものではなく、外部に向かって放出されたものだからです。

目的意識を持って、エピソード記憶や意味記憶を再構成的に想起する、つまりPoICにおいてタスクフォースを編成することにより、新しいアイデアがひらめくのだと考える時、発見カードを書くという行為は、ワーキングメモリという場(前頭前野)で行われた、情報の操作や処理の結果だということが出来ます。

そして、ワーキングメモリ上での操作の結果が、再び長期記憶として繰り込まれるように、発見カードも、新たな発見のための過去の情報としてドックに貯蔵されます。

PoICの4つのタグを、上記のように解釈する時、データウェアハウスとしてのPoICでの意思決定支援とは、現在の状況と長期記憶をワーキングメモリ上に選択的に読み込み、活用しながら、課題を遂行する、という前頭前野の機能を支援するということに他ならないのです。

ナレッジ・ナビゲーター

問題解決、すなわち意思決定のための情報、という観点から記憶を捉えるならば、それはPoIC上の情報カードとほぼ同じものと見なすことができます。

ワーキングメモリは、問題解決のために計画を立てたり、未来を予測したり、作業にかかる時間を逆算したり、仕事の方法を開発し、それを状況に合わせて容易に変更したりするといった、行動や思考を整理する前頭前野の広範囲な能力に関係しており、PoICはそれを支援するツールだと考えることが出来ます。

しかし、記憶は動的に更新されるシステムであり、静的で更新されないままのPoICの情報カードとは異なっているように見えます。それは、記憶が生存のための重要度を基準にしているために、動的に更新され続けるのであり、PoICの情報カードが、静的な非更新システムなのは、時間軸を基準にしているからだと考えられます。

つまり、時間軸を基準としたPoICのドックの中の情報カードには、その時々の、過去の自分の記憶の断片が、凍結されて保存されていると考えられます。そして、タスクフォースを編成することは、過去の自分との対話であり、過去の自分が現在の自分を導いてくれるというわけです。

自動車のラリー競技において、ドライバーの隣で速度や方向の指示を与える同乗者のことを「ナビゲーター」と呼びます。そこから僕は、PoICのドックの中から、現在の自分を補佐してくれる過去の自分を「知的な同乗者⁠⁠、すなわち「ナレッジ・ナビゲーター」と呼びたいと思います。

まとめ~Re:PoIC

現在、PoICの4つのタグを、記憶の分類とそれぞれ対応させることによって、⁠この情報はどのカードだろう」と迷うことが少なくなりました。

記録カードにはエピソード記憶を、参照カードには意味記憶を記し、将来の予定、つまり展望的記憶はGTDカードに記入して43Tabs上に保持し、ワーキングメモリ上で発生した新たな考えは、発見カードに逐次記してドックに貯蔵すればいいのです。

そして最後に、⁠PoICとはなにか?」についての僕の考えを述べて稿を終わらせたいと思います。

PoICとは、前頭前野の機能を外部から補助するためのツールであり、4つのタグは、ワーキングメモリ上に呼び出される記憶の分類の、それぞれに対応しているがゆえに、この4つの分類だけで、PoICはうまく機能するのだという本稿の結論が、現在の僕のPoICに対する理解であり、PoIC提唱者であるHawk氏へのとりあえずの返信です。

以上で、僕がPoICについて経験したこと、考えたことはすべて書き終えました。これはごく私的な旅の記録であり、連載当初に述べたように、経験の分かち合いを目的に書かれました。

そして、PoICの荷台にやっかいになりながらの旅は、最終的に思わぬ場所に僕を連れていってくれましたが、果たして、僕の遠回りな旅の記録はPoICの魅力を少しでも伝えることが出来たのでしょうか。

最後に、ここまで読んでいただいた読者の方々、連載の機会を与えていただいた技術評論社と担当編集者各位、そして寛大な心で僕の自分勝手な解釈を許容していただいたHawk氏に、伏して感謝いたします。

ありがとうございました。

参考文献
「新・脳の探検 下  脳から「心」「行動」を見る」⁠ブルーバックス、講談社)
フロイド・E.ブルーム/他 著、中村克樹/監訳、久保田競/監訳
「⁠⁠あっ、忘れてた」はなぜ起こる 心理学と脳科学からせまる」
(岩波科学ライブラリー、岩波書店)梅田聡/
「展望的記憶システムの構造」⁠風間書房)
小林敬一/
「情報処理心理学 情報と人間の関わりの認知心理学」
(コンパクト新心理学ライブラリ、サイエンス社)中島義明/
「記憶の神経心理学」⁠神経心理学コレクション、医学書院)
山鳥重/
「脳研究の最前線 上  脳の認知と進化」⁠ブルーバックス、講談社)
理化学研究所脳科学総合研究センター/
「脳研究の最前線 下  脳の疾患と数理」⁠ブルーバックス、講談社)
理化学研究所脳科学総合研究センター/

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