新年おめでとうございます。
2017年を迎えました。今年は、電子出版業界はもとより、世の中に多大なる影響を与えたiPhoneが登場してから節目となる10年目の年。はたして、日本の電子出版市場はどうなるのか、昨年を振り返りながら今年の展望について考察します。
過去のコラムについては以下をご覧ください。
2016年も市場は拡大傾向、伸び率はやや増加
まずは今回も最新の市場規模を振り返ってみます。まずは、インプレス総合研究所が昨年7月に発行した『電子書籍ビジネス調査報告書2016』の数字から紐解いてみます。
こちらの資料によれば、2015年の電子書籍市場規模は1,584億円、電子雑誌市場規模は242億円、両者を合わせた2015年の電子出版市場規模は1,826億円と、2014年の1,411億円から415億円(前年比約29.4%)増加となっています。
ちなみに、2014→2015年は398億円(前年比約39.2%)の増加という結果を残しており、これらの数字から金額規模としては増加、前年比の伸び率はやや鈍化ということがわかりました。
また、昨年のこのコラムでも取り上げたように、2015年からは全国出版協会が「電子出版統計調査の本格実施」をすることを発表しており、さっそく同団体が発行する『出版月報 2016年 1月号』にて、2015年の電子出版市場規模が発表されています。
こちらの調べでは、2015年の電子出版市場規模は1,502億円、前年比359億円(31.3%)増となっております。前者の数字に比べ、2014、2015年の数字とも低くなっている点については、調査対象・方法の違いによるものと類推されますが、いずれにしても電子出版市場が継続して拡大している結果となっています。
伸長は続けるも、その数字は鈍化?
一方で、その伸び方について、筆者はやや落ち着いてきた、誤解を恐れずに言えば鈍化してきたようにも感じています。まずは、改めてインプレス総合研究所が発行している『電子書籍ビジネス調査報告書』から2013年度版以降の数字を引用してみます。
まずは、同報告書に掲載されている2013~2016年度版の予測値および確定値を1つの表にまとめてみました。
| 確定値 | 2013年度版 | 2014年度版 | 2015年度版 | 2016年度版 |
2013年 | 1,013 | 930 | ― | ― | ― |
2014年 | 1,411 | 1,250 | 1,390 | ― | ― |
2015年 | 1,826 | 1,660 | 1,880 | 1,890 | ― |
2016年 | ― | 2,040 | 2,410 | 2,350 | 2,280 |
※単位は億円、太字が確定値
少々わかりづらいかもしれませんが、2013年の予測よりもすべての年度において実際の市場規模は大きくなった一方で、2014年、2015年の予測より、2015年の実際の規模が低くなっているのが見て取れます。
条件を限定した見方ではありますが、こうした予測の差が出た理由として、2012年以降の楽天Koboを筆頭にAmazon Kindle、Google Playブックスなどの電子書店がオープンしたことに加えて、各種電子コミックサービスの登場や電子雑誌のサブスクリプションモデルなどの新たな流通の誕生により、関係者たちの予測以上の電子出版市場拡大がなされた一方で、2015年以降、その動きは安定化し、誤解を恐れずに言えば大きな変化がなく、緩やかな市場拡大につながったのではないか、と筆者は考えます。
さらに話を飛躍させると、従来の紙の書籍・雑誌の電子化“のみ”によるビジネス規模・市場は、現在の成長率が限界値であるのではないかと考えます。限界値と書くと否定的に捉えられるかもしれませんが、紙の出版市場が縮小する中、電子出版市場は継続して拡大している点は非常に重要です。出版に関わる立場としては、この点については引き続き体制を整備し、継続して拡大させていく必要があるでしょう。
改めて出版ビジネスについて考えてみる~紙と電子の違い
紙と電子が食い合うのは本当なのか?
先ほど紙ありきの電子出版ビジネスの限界について、1つの調査報告書の数字とともに考察してみました。もう一歩踏み込んで、紙と電子の書籍・雑誌ビジネスについて考えてみます。
2010年のiPad登場以降、日本の電子出版市場が立ち上がりはじめたと同時に、「電子は紙(の市場)を食う」、いわゆる、カニバリズムに関する議論がなされてきました。実際、弊社としてもここは重要なポイントとして見ています。
まったくないとは言い切れませんが、現時点ではビジネス的な観点での食い合いはそれほど大きくないというのが、筆者の意見です。その理由は、紙の書籍・雑誌のビジネスモデルはフロー型、電子書籍・雑誌のビジネスモデルはストック型だからです。
まず、日本の紙の出版ビジネスは、再販売価格維持制度に基いており、また、出版社と書店や読者の間に取次という存在があるため、実際の金銭の流れ方はフロー型となります。
一方、電子出版ビジネスの場合、再販売価格維持制度の対象外であり、また、電子出版に関する取次は、紙のそれとはまったく違う意味を持ちます。こうした背景から、電子出版ビジネスは、インターネットを介し、出版社と書店・読者が直接つながり、結果として、金銭の流れ方はストック型となっています。
これらの理由により、筆者としては電子と紙のコンテンツ間での(販売数上の)大きな食い合いはないと考えています。
売り場の変化、ネット空間への対応
とは言え、食い合う面もあります。いきなり反対のことを言ってしまい恐縮ですが、それは、EC上での販売に関してです。
今、日本で書籍や雑誌を買う場合は、書店を筆頭に、百貨店、最近では家電量販店やコンビニでも購入できます。加えて、Amazonや楽天を筆頭にしたEC上での購入も可能です。
後者のECに関しては、おそらくこれからさらにカニバリズムが増える可能性があります。その理由は、購入希望者がアクセスするページ上で、「紙」「電子」のいずれかを選べるケースが増えてきたからです。
出版社や流通関係者にとっては、その選択肢によって大きな影響があるのは事実ですが、読者にとっては、自分が読みたい形態のものを選べる、というのは非常に便利です。筆者もこの点については、より推進したいです。
ただ、先ほどお伝えしたように、紙のビジネスモデルがフロー型、電子のモデルがストック型であることは、出版社および関係者は、今まで以上に意識しなければいけないでしょう。
2016年の電子出版の技術動向に見る、これからのEPUB
EPUB3.1
続いて、少し話を変えて、技術的観点から見た電子出版の話題について取り上げてみます。
2016年、電子出版の技術的な話題として押さえておきたいのはEPUB3.1のリリースが間近になったことでしょう。
2011年5月にリリースされた3.0以降、ひさびさの大きなバージョンアップとして、関係者、とくに技術者・制作者の注目を集めていました。ドラフト版が出た当初は、構造の変化なども検討されており、場合によっては3.1対応のEPUBリーダーでは3.0でつくったデータが閲覧できない可能性もあるなど、さまざまな波紋を呼びました。
その後、EPUBの仕様を策定するIDPFに向け、関係者からの意見が寄せられた結果、ドラフト版で予定されていた変更はなくなり、Webの特性に近づけるといった変更のみで仕様が確定しました。筆者としては、基本的にはこれまでと同じ仕様という認識で、コンテンツ制作は行えるのではないかと考えています。
なお、EPUB3.1は当初2016年内の正式リリースという話も聞こえていましたが、作業の遅れにより、日本時間2017年1月6日(現地時間1月5日)にRecommended Specificationとして承認されました。
IDPFがW3Cへ統合
EPUB関連の話題としては、これまでEPUBの仕様策定・管理団体であったIDPFが、Webの各種技術の標準化を進める団体W3Cと統合する動きが2016年5月に発表されました。こちらについては、おそらく予定通り統合するものと見られています。
影響としては、これまでIDPFが行っていた仕様策定のフローではなくW3C準拠の仕様策定フローになるため、従来のリリースよりもアップデートが遅くなるのでは、と筆者は見ています。
つまり、EPUB3/3.1が枯れた技術として普及していくメリットがあるわけです。
最後に技術的な観点で触れておきたいこととして、現状の電子書籍・電子雑誌は、ある程度の標準フォーマットで普及はしているものの、まだまだ、デバイスやリーダーへの依存度が高いということです。
デバイスに関しては日進月歩で進化しており、また、Webと同じ特性として、コンテンツの閲覧環境は読者が選べるため、仕方ない面があります。
一方、リーダーに関しては、各種電子書店ごとに開発を進めており、仮にEPUBの仕様通りにコンテンツを制作しても、リーダー側のバグにより、不具合が生じる可能性があるのです。
ソフトウェアのバグについてはゼロにすることは難しいかもしれませんが、バグが見つかった場合、開発者・制作者は対応する必要があると筆者は考えています。ですから、仮に読者の方が不具合を見つけた場合、出版社あるいは書店へ報告していただくことが、より良い環境整備につながるはずです。
さらに、コンテンツを制作する立場としては、現在の電子書籍制作において、実機検証(各書店ごとのリーダー検証)に関して、とくにコストが肥大化しているのが現状です。理由の1つは、書店ごと・リーダーごとに、EPUBの解釈が異なる点です。ここはぜひ、各書店で横断的に取り組んでもらえたら嬉しい点です。
2017年の展望~コンテンツの質、そして、読者の読書時間と場所を意識
最後に、2017年の展望、とくに出版社の立場からについてまとめてみます。
まず、繰り返しになりますが(紙ありきの)日本の電子出版市場は、最初の安定期に入ったと感じています。つまり、これからさらに広げるためには、コンテンツ自体の質をさらに高めること、そして、紙ありきではない部分に目を向け、開発を進めていくことでしょう。
読み放題という体験へ対応する
2016年のトピックとして、筆者が一番インパクトを感じたのは、Kindle Unlimitedの登場でした。いわゆる読み放題です。弊社は2017年1月現在参画はしておりませんが、リリース後の影響、また、その結果などを聞いて、「久々に電子出版界隈でも新しい動きが出てきた」と感じました。
現状の書籍の読み放題サービスの場合、コンテンツのカテゴリや対象読者による分類がされず、「電子書籍」という一括りでコンテンツがまとめられ、読者はその中から、自分の時間に読みたいものを、読みたいときに選べるわけです。
これは、読者にとっては大変嬉しい特徴ではないでしょうか。また、サービスを運営するプラットフォーマーにとっても、新たな市場形成に向けて大きな可能性を感じていると思います。
ただ、コンテンツを生み出す出版社としては、注意しなければならないと考えます。
その理由は、前半で述べたフロー型とストック型の違い、そして、同一プラットフォームに多様なコンテンツが集まることの2点です。
たとえば、弊社のような専門性の高い書籍と、コミックを比較した場合、読者は同じでも、本の作り方・価格はまったく異なります。それを同じプラットフォームに乗せるということは、売れる・売れないとはまったく別のリスク、具体的には読まれても利益が出ないリスクが出てくるからです。
そのために、これからは、同じプラットフォームに乗せてもビジネスが成立する仕組みづくり、あるいは、同種のコンテンツを集めた限定読み放題サービスの整備、こういったものに向けて取り組んでいく必要があると考えています。
昨年の新年のコラムでは、
- (出版業界として)IT/ネット技術を積極的に取り入れる
- 必要以上に古い商慣習に固執しない
というまとめを述べさせていただきました。また、重要なポイントとして「配信」を挙げております。
まさに、読み放題サービスへの対応、というのは、この部分をどのように具現化していくことかとも言えます。どのように行うか、それが、電子出版市場の次のフェーズにつながると筆者は考えます。