令和最初の新年があけました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
さっそくですが、今回で10回目となる電子出版ビジネスの展望についてまとめてみます。
過去のコラムについては以下をご覧ください。
再度伸び率が高まり、次のフェーズへ動き出した電子出版ビジネス
まずは例年と同じく、今年もインプレス総合研究所が発行した最新の『電子書籍ビジネス調査報告書2019 ※1』の数字から紐解いてみます。
2018年度は見込みより市場規模が大きくなった
電子出版総合 電子書籍 電子雑誌 前年からの伸び
2015年 1,826 1,584 242 415
2016年 2,278 1,976 302 452
2017年 2,556 2,241 315 278
2018年 3,122 2,826 296 556
2019年 3,622 3,332 290 500
※ 単位は億円、2019年は予測値
※1の文献の調査数字(推計値)は、今の形式での発表(2014年以降)になってから5年連続で市場規模は伸長しています。
その中で筆者が注目したいのが、同調査の予測値と、発表された推測値の違いです。2015~2018年度の前年の予測値(左)と当年の推測値(右)の比較です。
2015年:1,890億円→1,826億円
2016年:2,280億円→2,278億円
2017年:2,630億円→2,556億円
2018年:2,875億円→3,122億円
ご覧いただくとわかるように、2015~2017年の数値はすべて推測値が下回っています。※1の調査報告で電子出版市場が1,000億を超えてから予測値より推測値が大きくなったのは初めてです。また、伸長額も増加しています。
調査の仕方や集計など、細かく精査する必要はありますが、報告書の形として予想よりも上方修正となる結果が出たことは、ここ5年緩やかな伸びであった電子出版市場の成長が、再度、成長軌道に乗り始めた兆しではないか、と、筆者は良い意味に捉えています。
EPUBおよびEPUBリーダーの動向
次に、電子コンテンツの核であるEPUBについて動向を見てみましょう。
EPUBは成熟の時期
2019年、EPUBのバージョンについては大きなアップデートはありませんでした。2017年1月5日にEPUB 3.1がIDPFにRecommended Specicationとして承認され、同31日にIDPFがW3Cへ統合、現在はW3C配下で開発が進められています。バージョンに関しては、2019年12月現在、3.2がFinal Community Group Specificationとなっており、Working Draftへの動きが見えてきました。
また、EPUBをチェックするEPUBCheckは、2019年は大きな変化はなく、2018年11月にリリースされたEPUBCheck 4.1が、商用コンテンツで利用されることが多くなっています。
その他、EPUBに関連する動向として、とくに日本がリードして取り組んできたCSSの縦書きスタイル「CSS Writing Models Level 3」が、2019年11月に勧告されたことは、EPUBの観点からも大きな展開と言えるでしょう。
EPUB制作ツールとフローの変化
EPUBを作る体制、とくにEPUB制作ツールとフローはどうだったでしょうか? 日本の電子出版市場という観点で言うと、コミックやレイアウトが複雑な実用書(解説書)では固定型EPUBが主流になりつつあります。
一方、筆者が所属する技術評論社が提供するコンテンツのうち、プログラミング解説書や専門性の高い技術解説書のように、検索性が求められるもの、また、文芸やビジネス書など、レイアウトがシンプルなコンテンツでは、リフロー型EPUBを積極的に制作する出版社が増えてきました。
参考までに、技術評論社は2019年、344点の電子コンテンツ(書籍・雑誌)を配信し、そのうち134点がリフロー型でした。
現在、多くの出版社ではサイマル(紙と電子の発売日を合わせること)発売を実施したり、ときに、電子版を先行発売する動きも見えてきました。この傾向から、これからますます、電子出版ビジネスを核に考える出版社(とくに紙から電子コンテンツを制作する出版社)を中心に、コンテンツプロバイダー側での制作ツールとフローの強化と整備が必要となるでしょう。
EPUBPack登場
その中で、2019年注目したいツールが、イースト株式会社がリリースした「EPUBpack 」です。EPUBPackは、テキスト埋込み型のPDFをリフロー型EPUBへ半自動制作できるツールで、InDesignによる書籍制作をしている環境と非常に相性が良いのが特徴です。
さらに、制作したEPUBデータをクラウドで管理できるため、データの運用管理を効率的に行えます。
ただし、レイアウトが複雑な場合はやはりまだツールを利用した自動生成は難しく、出版社での内製あるいは印刷所でのEPUB制作、外部パートナーによる制作発注など、「 リフロー型EPUB」をしっかりと作る体制の整備が求められます。
技術評論社の場合、電子出版ビジネスに参入してから、株式会社リ・ポジション との協業を継続し続けている他、2017年にはNPO法人あおもりIT活用サポートセンターの電子書籍制作ギルド へ参画し、出版社として、質の高いリフロー型EPUB制作体制の強化に日々努めています。
EPUBリーダーの今とこれから
EPUBトピックの最後は日本におけるEPUBリーダーの現状、とくに、Windows PC環境でのトピックについて取り上げます。
Microsoft Edge、EPUB対応を中止
2018年にレンダリングエンジンをChromiumに変更し、その後の動きに注目が集まったWebブラウザ「Microsoft Edge」 。電子出版業界としてはEPUB対応に注目が集まっていました。しかし、2019年8月、MicrosoftはEdgeでのEPUB対応終了を発表し、現在は、EdgeでEPUBコンテンツを閲覧できなくなりました。
そもそもWindows PCでは、定番となるEPUBリーダーが少ないと言われている中、OS標準のブラウザとしてEdgeへの期待が高かった分、残念なトピックでした。
Webブラウザ型EPUBリーダー「Bibi」、v1.0.0リリース
とは言え、他にはGoogle Chromeの拡張であるRedium、また、Rediumから派生したThorium Readerなど、実用度の高いEPUBリーダーは存在します。
そのような中、2020年に入り、注目のニュースが発表されました。Web版EPUBリーダー「Bibi」バージョン1.0.0の正式リリースです(旧名:BiB/i) 。
Bibiは2014年から開発が進められており、2020年1月4日、正式バージョンリリースの運びとなりました。
EPUB3準拠の他、JavaScriptベースでの開発により、多くの環境で利用できること、開発者が日本人であることで日本語の縦書きやリフローに対応していること、など、日本のEPUBリーダーとして、リリース以降、注目を集めていました。
そして、今回の正式バージョンでは、リーディングパフォーマンスの向上、大幅な高速化がなされているのが大きな特徴です。
開発者の松島氏もリリースにあたって「記念碑的なバージョンにふさわしい大きなアップデートの目玉は、大幅な高速化です。とくに、最初のアクセスから読み始められるようになるまでの速度は、200ページほどの一般的な漫画単行本をサンプルとしたテストで 4,000% の高速化を果たし、アクセスから2秒で読めるようになりました」とコメント しています。
スマートフォンで電子書籍を閲覧することが増える中、PC、とくにWindows PCで電子書籍を読みたい方は、ぜひ一度Bibiを試してみてはいかがでしょうか。
Bibi
URL:https://bibi.epub.link/
電子出版ビジネス、2020年の期待と課題
次に電子出版ビジネスとその周辺の話題について取り上げます。
日本でオーディオブック市場が花開くか
まず、昨年の本コラムでも取り上げたオーディオブックです。ここ日本では、オーディオブックプラットフォームの先駆者、オトバンクの「audiobook.jp」がさまざま取り組みを進め、普及・浸透が進んでいます。
2019年10月には会員数が100万人を超え、絵本ナビとの連携による読み聞かせサービスの提供 や京セラコミュニケーションシステム株式会社が提供する公共図書館システム「ELCIELO」と連携した、図書館向け「オーディオブック配信サービス」を2020年2月からスタートする ことを発表するなど、サービスの多様化とコンテンツの増加が見えています。
また、オーディオブックが先行する欧米では、アメリカ国内でのオーディオブック普及率は50%を超えた(米国オーディオブック協会調査(2019年4月29日発表PDF)より )という発表が行われるなど、日本よりも早くオーディオブック普及が進んでいます。
日本の場合、生活スタイルの違いなどから、単純に欧米と比較して動向を探るのは難しいですが、今後どのような市場になっていくのか、継続して注目したいです。
ブロックチェーンを活用した電子出版エコシステムはどうなる?
2019年、技術的観点から筆者が注目したのが、電子出版ビジネスにおけるブロックチェーン技術の活用です。
1つは、アソビモ株式会社がリリースした、デジタルコンテンツリサイクルマーケット「DiSEL 」です。ブロックチェーンを活用し、コンテンツの所有権の管理を行うサービスです。
また、具体的なサービスは出ていませんが、電子出版取次などを行う株式会社メディアドゥは2019年7月に「ブロックチェーン技術を活用した新たな電子書籍流通プラットフォームの構築に関する方針・およびエンジニアの採用強化について 」という発表を行っています。リリースによれば、コンソーシアム型ブロックチェーン「Hyperledger Fabric」を利用した、電子出版流通プラットフォームの構築と運用を目指しているとのこと。
電子コンテンツのような、インターネット上における権利の扱いはこれからのインターネットビジネスで非常に重要です。筆者としては、まだ様子見というのが正直な感想ではありますが、2020年以降の動向に注目します。
コンテンツ特性やライフスタイルを"より一層”意識したサブスクリプション型電子出版サービス
最後に、日本のコンテンツ配信において一般化したサブスクリプションについてです。電子出版ビジネスでは、2014年のdマガジンの登場、2016年のKindle Unlimitedの登場で、読み放題という言葉が一般化し、月額・定額で、電子コンテンツの読書を楽しむ読者が増えています。
もともとは、雑誌(情報誌)やマンガ、文芸、小説といったジャンルを対象にしたものが多く、出版社も幅広い読者層を対象としたタイトルの提供が中心となっていました。
2019年に入り、サブスクリプションで提供されるコンテンツ群に変化が見えてきました。その1つがスタディプラス株式会社が開発した学習参考書を対象とした読み放題サービス「ポルト 」です。
スタディプラスは、学習管理アプリ「Studyplus」を提供し、スマートフォンでの学習体験の提供に実績がある会社です。ポルトは、その実績に基づいた特徴を活かしたサブスクリプションサービスで、全12社の学習参考書を刊行する出版社が参画し、「 スマートフォンを参考書に学ぶ」という学習スタイルを提供することを目的にリリースされています。「 スマートフォンでの学習体験提供」×「デジタル版学習参考書」の組み合わせは、スマートフォンに慣れた学生たちにとっては非常に魅力的なサービスと言えるのではないでしょうか。
今後、サブスクリプションに慣れた読者が増えると予想される中、次に読者が求めるのは、「 目的に合ったコンテンツを効率的かつ納得できる料金体系で読む(体験する) 」ことです。ポルトのように、コンテンツの特性が近い出版社が連携することで、ターゲットに向けて豊富なコンテンツを提供できる特化型サブスクリプションサービスはこれからの主流の1つになるのではと筆者は考えています。
また、今紹介しているサブスクリプションの概念とは少し異なりますが、全国大学生活強度組合連合会(大学生協)が運営し、今後、強化を進めている「DECKS 」では、大学および大学院在学中の4年間での利用や継続利用を選択可能な電子教科書配信サービスに取り組んでいます。
スマートフォンやインターネットがあたりまえとなった今、このような読者の時間により密接となった、もう少し大げさに言えば人生のタイムラインに合わせた提供方法も、これからの電子コンテンツ配信には求められていくと考えます。
電子出版元年から10年、次の10年に向けて
ここまで2019年の振り返りと2020年の電子出版ビジネスを取り巻く状況について、とくに出版社の目線から取り上げてきました。紙の出版というビジネスに電子が加わった10年が過ぎ、状況は大きく変わり2020年代へ突入します。最後にそれらをふまえてのまとめと筆者の考察です。
2年前のコラムで「普及期における課題と対応」 というテーマとともに、技術進化に合わせたコンテンツやサービスに関する運用・保守の重要性を取り上げました。それから2年が経過し、ビジネスとしての電子出版は、出版業界にとっては欠かせないものとして成長しました。
一方、世の中や社会は日進月歩、変化・進化する中で、まったく同じことをしているだけでは成長が止まる、あるいは、退化してしまう危険性があります。成長する中で作り上げられた電子書籍・電子雑誌、そして、動いているサービスを持続させることが、この先の10年に向けて重要です。
筆者が所属する技術評論社での具体例を1つ紹介します。
技術評論社は現在、ほとんどの紙のコンテンツをサイマルで電子化し配信しています。2019年は、新刊の電子化に加えて、これまで配信した電子コンテンツのアップデートとして、増刷時の修正を電子コンテンツでも対応するよう体制とフローを整備しました。まだ体制は整備中で、完全に体系的には行えていないものの、多くのコンテンツで対応が進んでいます。「 ( コンテンツの)アップデートがしやすい」という電子版のメリットを最大限に活かすことで、紙と電子のコンテンツの差を埋め、結果として読者の皆さんには、紙と電子の選択する余地を広げられます。こういった部分はあまり目に見えない部分ですが、普及から次のフェーズに進む電子出版ビジネスにおいて欠かせない要素と言えるでしょう。
もちろん、コンテンツそのもののメンテナンスだけではなく、前述のようなEPUBリーダーの動向、また、外部電子書店を利用しているのであれば、各電子書店の動向(とくに閉店や仕様変更)にも、つねに注視し、状況が変化した場合には対応する必要があります。
過去の資産を大事にし、新しい価値を生み出す
技術評論社の電子出版サービス「Gihyo Digital Publishing」を2011年にリリースして以来、2020年1月8日現在、2,600を超えるコンテンツを配信しています。これからサービスとして10年目を迎える中で、これまで提供してきた2,600のコンテンツやこれから提供するであろうコンテンツの価値をさらに高めるべく、技術評論社では、新規のコンテンツ制作や配信とともに、さまざまなメンテナンスやアップデートを引き続き行っていきます。
日本にiPadが登場した2010年は、( 何度目かの日本での)電子出版元年と言われ、10年が経ちました。ここまで成長した電子出版市場だからこそ、電子コンテンツの制作や配信に関わる人すべてが、新規コンテンツ・サービスの開発・提供、新しい技術・トピックへの対応に加えて、この間に蓄積された膨大なコンテンツ・サービス(資産)のメンテナンスやアップデートをしっかりとし続けることが、次の10年の電子出版市場をさらに大きくしていくと筆者は考えています。